第二章「聖嶺魔法学園」

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 龍也は早速ブレザーのボタンを外し、ネクタイを緩めながら2人の元に戻ってきた──しっかりと着こなす気は(はな)からないらしい。  元々着ていた服は、手に持つ制服が入っていた紙袋の中に無造作に突っ込まれている。 「うう……メッチャ窮屈だ……」 「お前、任務の時いつもローブの下に隊服着ないからだぞ……ま、こればかりは慣れるんだな」  嫌そうな顔で呻く龍也に、朱雀はそう諭しながらその肩を叩く──と、冬也が「着替えたばかりで悪いんだけど、まだ渡すものがあるんだよ」と口を開いた。 「これは、悠斗から君にと預かっていたものだ……普段の生活では絶対に着用するように、とさ」  そう言いながらジャケットの懐に手を入れた冬也は、黒一色の腕輪を取り出し龍也に差し出す。  特に装飾の為されていない金属製のそれは、一見黒く見えるが金属そのものは銀色であり、黒色の幾何学的な文字や記号が表面を覆い尽くすほどに刻まれた、特異な外観をしている。  龍也は数秒それを見つめると、なにかに気付いたように「うげっ」と声を上げ顔をしかめた。 「これって……魔力封印の“魔導具”じゃん……」  腕輪に刻まれた黒い文字を目で追いながら、そう呟く龍也──魔導具(まどうぐ)とは、主に金属や宝石類によって作られた、様々な術式が施されている装飾品の総称である。 「ええとね、確かそれには魔力を()()()()()に制限する効果と……君の代名詞、“黒雷”を()()する効果があるらしいね」  悠斗から聞いていた腕輪に施された術式を淡々とと述べる冬也に、龍也は思わず顔をひきつらせた。  “魔力”は、魔法を使うのに必要な力であると同時に、生命力の一端でもある。  普通の人間がこの魔導具を用いて自身の魔力を1万分の1にした日には、間違いなく“魔力枯渇”と呼ばれる極度の栄養失調に近い状態に即座に陥り、数分と保たずに死亡するだろう。  ──だが、龍也はそこまでしなければ普通の人間と同じ土俵には立てないのだ。 「いいっ、1万分の1て……あんのクソマスターめ……っ!!」 「……龍也。  俺も“蒼焔”封印の同じ魔導具を着けてるが……それが無いとお前、“黒雷の戦神”ってバレて色々面倒だぞ……?」  憤慨する龍也を横目に、朱雀は右腕に巻いている腕輪──龍也のものとは違い、青い文字や記号が刻まれている──を見せながら呆れ口調でそう言う。  その瞬間、龍也はハッとした表情になった。  ──学園に通うに当たり、悠斗から耳にタコができるほど聞かされたことがある。  それは「“黒雷の戦神”だと絶対にバラすな」だ。  “Xランク”の個人情報は、国家機密レベルの特秘事項。学園長である冬也のように事情を知る必要のある者以外には、決して知られてはいけない事実なのである。  それを失念していた龍也は、空気を紛らわすようにコホン、とわざとらしい咳払いをした。 「……なんだ。あのマスターもなかなか気が利くじゃないか……見直したぜ」  しれっと手のひらを返して左腕に腕輪を嵌める龍也に、朱雀はやれやれといわん風に肩を竦めて首を横に振る。  そんな2人の様子を「お互い、面倒事は避けたいからね」と笑いながら見ていた冬也──ふと壁に掛けられた時計に視線をやると「それよりも」と口を開いた。 「朱雀君。そろそろ始業式が始まる頃なんじゃないかな?」  冬也のその言葉に、龍也と朱雀も時計を見る。  ──8時10分。気付けば、始業式開始まであと20分だ。 「お、本当だ……じゃあ俺は行きますかね」 「間に合うのか?」  そう尋ねる龍也に、朱雀はフッと鼻を鳴らす。 「こっから歩いたらギリギリだが……“転移”なら一瞬だ」 「……ゴモットモ」  「じゃあ、また後でな」と言い残し“転移”を発動しようと意識を集中させる朱雀。すると、なにかを思い出したように手を叩いて「そうそう」と冬也が口を開いた。 「始業式の学園長挨拶なんだけどさ、本来僕が出て然るべきなんだろうけど……面倒だったから、龍也君の転入手続きって名目で教頭に丸投げしたんだよね。  ……けど、彼の話って無駄に長いんだよねぇ。はっはっはっ」 「……シゴトしろよ、学園長」  龍也は、学園長としての威厳も責任も微塵に感じられない冬也の言葉に、ジト目を向ける。  朱雀は一度大きなため息を吐くと「そいつは……睡眠安定だな」と呟き、再び意識を集中させ“転移”を発動── 一瞬にしてその場から姿を消した。  朱雀の魔力が遠退いたことを見届けると、不意に「そういえば」と龍也は口を開く。 「さっき俺の転入手続きがどうとか……って言ってたけど、俺以外に高等部から入った奴はいないのか?」 「ああ、いるよ? 彼等は彼等で新入生として始業式の席に座っているよ。  ただ、君は入学というより転入扱い……試験免除の特別枠だからね。手続きが遅れた(てい)で色々と辻褄を合わせているのさ。ついでに、それを理由に僕がサボれるしね?」 「ああ、そういうコト……仕事してるのかしてねえのか、分かんねえな」  冬也の言葉に、ため息混じりにそう頷く龍也。  ふと、思い出したようにその視線が自身の右手──私服の入った紙袋に向いた。 「うーん、服ずっと持ってるのも邪魔だな……“ボックス”」  そう呟き、おもむろに指を弾く──すると、空間が裂けるように直径50センチメートルほどの丸い穴が目の前に現れた。  龍也は、躊躇いなくその穴に紙袋を放り込む。  ── “ボックス”とは、異空間へと続く穴を開いてその中に物を収納できる魔法である。その中は空間が停止しており、収納した物は経年劣化せずナマモノも腐ることはない。  ただし、当然容量──魔法士の潜在魔力によって変わってくる──は有限であり、一個人につき1つの“ボックス”しか持つことはできないため、なにを入れるかよく考えて使う必要がある。  最も、龍也の場合ほぼ無限にモノが入るので、特に考えたことはないのだが。  龍也は紙袋が収納されたことを確認すると、再び指を弾いて“ボックス”の口を閉じた。  一仕事終えたと言わんばかりに「ふう」と一息ついて伸びをする龍也──それを余所に、冬也はいつの間にか用意していたティーポットでカップに紅茶を注ぎながら「さて。暇になってしまったね」と軽く笑んだ。 「……暇なら挨拶しに行けばイイじゃんか」 「それとこれとは、話が別だな」 「……ソウデスカ」  ハイテンションの人なら発狂せずにはいられないほどの静寂な空気に、龍也と冬也は同時にため息を吐いた。  
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