第二十章「すれ違い」

9/14
3043人が本棚に入れています
本棚に追加
/442ページ
「……っ!?」  目を見開き、思わず息を飲む──肩が触れそうなほどの至近距離で隣に立ち、手元の資料を指差しながらはにかんだ笑顔を龍也に向ける女子生徒。  それは──ロングホームルーム初日、龍也の名前を出して文化祭委員に立候補した引っ込み思案な女子生徒だった。 「──みたいな感じで考えてるんだけど、龍也君はどう思う?」 「んー、イイ感じだと思うぜ? まあ、あえて言うなら──」  ぐらり、と。目眩に似た感覚が華音を襲う。龍也と引っ込み思案な女子生徒の会話が、遠くに聞こえる──気づけば、足から力が抜け扉を背にへたり込んでいた。  華音は教室から目を背け、喘ぐような息遣いで浅い呼吸を繰り返す──うるさく鳴り響く心臓の音を抑えるように、ぎゅっと胸元で手のひらを握り締めた。 「うそ……なんで……? いつの間に、あんな……っいや、このままじゃ……わたし……!」  荒く息を吐きながら、華音はまるでうわ言のように掠れた声でそう呟く──自分の知らないところで、同じクラスの女子生徒が龍也と親密な関係を築いている。その事実に、華音の心はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。  ──未だ鼓膜に響く、仲睦まじく話す2人の声。  華音は思わず両手で耳を塞ぐように頭を抱え、呻き声にも似た嗚咽を漏らす──脳内で嫌な考えがぐるぐると巡り、抑えていた黒くもやもやとした感情、嫉妬が溢れ出る。  このまま教室(ここ)にいたら、自分がどうにかなってしまう──華音はフラフラと立ち上がり、教室から逃げるように走り去った。  * * * 「そう……なんだ。そんなことが……」  ──時は戻り、華音の部屋。  リビングのソファーに座り、俯きがちに放課後の出来事を話した華音。それを聞いていた水乃は、眉根を下げ心配そうな表情で華音を見つめる。  やっぱり、原因は龍也だったか──そう心中で呟きながら、水乃は口を開いた。 「けど、龍也のことを名前で呼ぶ女子って他にもいるよね? それこそ私とか玲奈とか……Sクラスの白銀さんもだっけ」 「うん……けど、あの子の()()は水乃ちゃんたちと全然違ったの。  龍也くんを“好き”だと思って接してる、そんな声だった……私も、()()だから分かるの」  気休め程度にしかならない、と分かった上でそう言った水乃に対し、華音は首を横に振りそう返す。そんな華音の言葉に、水乃は「そっか……そうだよね」と自身の胸に手を当てた──華音の言っている意味が、水乃には痛いほどに理解できた。  水乃自身、朱雀を巡って同じような経験をしたことが何度もあるから。 「どうしよう……このままじゃ、龍也くんが盗られちゃう……分かってんだるよ、龍也くんは誰のものでもないって。他の女子(ひと)と仲良くしていても、私が文句言う権利なんてないって……。  ……でも、そんなの嫌だよ。考えるだけで、どうにかなっちゃいそうなの……っ!」  華音は嗚咽混じりの声でそう言い、頭を抱える──しゃらり、と。リボンが解けはだけたカッターシャツの隙間から、白い翼のネックレスが垂れた。  白く輝くそのネックレスを目にした水乃は「そういえば……あれ」と、華音が話していたことを思い出す。そして、ソファーから立ち上がりながら口を開いた。 「でもさ、私は龍也が他の女子(ひと)と付き合うとか……そんなことはないと思うな。龍也って、良くも悪くもいろんな人に平等だし……その子もその内の1人なんじゃない?」 「そう……なのかな?  でも、それじゃあなんで……もしかして私、龍也くんに嫌われるようなこと、しちゃったのかな……?」  華音の隣に寄り添うように座り、優しい口調でそう言う水乃。その言葉に華音は顔を上げるが、しかし不安を拭えないのか目を逸らしそう零す。  そんな華音の胸元──キラキラと揺れる白い翼のネックレスを指差し、水乃は再び口を開いた。 「……そのネックレスさ、龍也に貰ったものだよね?  特訓に付き合ってくれて、一緒にお出掛けして……それでプレゼントまでしてくれるってことは、龍也は絶対に華音のことを悪くは思ってないよ。だから、安心して……ね?」  そう言い、ぎゅっと握り締められた華音の手を優しく解すように自身の手で包み込む水乃。その温もりに、華音はぽろぽろと涙を零しながら頷いた。 「うん……っ、ありがとう……水乃ちゃん」 「華音……無理しないで、明日はお休みしたらどう? そしたら、そのまま休日に入るし……ちょっとは落ち着けると思う。  先生には、私から言っておくからさ」  静かに嗚咽を漏らす華音の背中を、もう片方の手で優しく擦りながら水乃はそう言う──しかし優しい言葉とは裏腹に、心中では龍也に対する静かな怒りが燻っていた。   * * *  ──時は流れ、次の日。  週の5日目ということで、今日を終えれば明日と明後日は休み──しかし、休みを目前に浮き足立っているクラスメートたちの中に、華音の姿はなかった。 「……今日は、白霧さんがお休みね。  体調不良って連絡を受けてるわ。季節の変わり目だし、皆も気を付けてね」  朝のホームルーム、教壇に立つ志乃の言葉を聞き流しつつ、龍也は「珍しいな」と心中で呟き空いた隣の席を見やる──しかしそれも一瞬で、すぐに興味を失ったように欠伸を噛み殺した。  そして、華音がいないことを除けばいつも通りの日常を終え──放課後。  先日から続く文化祭に向けた話し合いのため、龍也は飯田たちが集まる教壇前へと向かう──その時だった。 「……龍也。ちょっと話がある」 「水乃……どうしたんだ?」  不意に声を掛けられ、龍也は振り返る──教室の扉の前、水乃が真剣な様相で立っていた。  そんな水乃に、首を傾げそう聞き返す龍也。しかし、水乃は口を一文字に閉じそれ以上はなにも言わない──言外に「黙って着いて来て」と訴えているようなその眼差しに、龍也はやれやれと肩を竦めた。 「……ってなワケだから、ちょっくら席を外すぜ?」 「ええ、大丈夫よ」  眉根を下げ、申し訳なさそうにそう言った龍也に対し、飯田はそう笑顔で頷く。それに頷きで返し、龍也は水乃に着いて行く形で教室を出て行った。  
/442ページ

最初のコメントを投稿しよう!