第二章「聖嶺魔法学園」

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 龍也は早速ブレザーのボタンを外し、ネクタイを緩めながら2人の元に帰ってきた──しっかりと着こなす気は(ハナ)からないらしい。  元々着ていた服は、きちんと紙袋の中に畳んで入れられ右手に持っている。 「うう……メッチャ窮屈だ……」 「お前、任務の時いつもローブの下に隊服着ないからだぞ……ま、こればかりは慣れるんだな」  嫌そうな顔をする龍也に、朱雀は肩を叩きながらそう言う。  すると、冬也は「ああそう……まだ渡すものがあるんだよ」と再び口を開く。 「これは、悠斗から君にと預かっていたものだ……普段の生活では絶対に着用するように、とさ」  冬也はそう言いながらジャケットのポケットに手を入れると、黒一色の腕輪を取り出し龍也に差し出した。  特に装飾の為されていない金属製のそれは、一見黒く見えたが金属そのものは銀色であり、表面を覆い尽くす程に幾何学的な黒い文字や記号がびっしりと刻まれている。  龍也は数秒それを見つめると、なにかに気付いたように「うげっ」と声を上げ顔をしかめた。 「これって……魔力封印の“魔導具”じゃん……」  ──魔導具(まどうぐ)とは、主に金属や宝石類によって作られた、様々な魔法が施されている装飾品の総称である。  魔導具は、素材の質が良ければ良いほど高性能の魔法を刻むことができる──高性能の魔法はそれ相応に多量の魔力を必要とするので、質の悪い素材では魔力に耐えることができず壊れてしまう──ので、モノによっては手のひらに乗る程度の大きさのものひとつで家一軒建てれる……なんて値段が付くこともある。  ちなみに、龍也が手渡された魔導具は魔鋼銀(ミスリル)と呼ばれる金属で作られている。  これは、金属素材としては最高級の耐久力と魔力伝導性を誇る、魔導具素材としては最高のシロモノであり、100グラム採掘できればそれ以降の人生遊んで暮らせるほど、希少かつ高額な金属である。  ──閑話休題。 「ええとね、確かそれには魔力を()()()()()に制限する効果と……君の代名詞、“黒雷”を()()する効果があるらしいね」  冬也が腕輪の効力を説明した瞬間、龍也は「げえっ」と顔をひきつらせた。  “魔力”は、魔法を使うのに必要な力であると同時に、生命力の一端でもある。  普通の人間がこの魔導具を用いて自身の魔力を1万分の1にした日には、間違いなく“魔力枯渇”と呼ばれる極度の栄養失調に近い状態に陥り、数分と保たずに死亡するだろう。  ──だが、龍也や朱雀はそこまでしなければ普通の人間と同じ土俵には立てないのだ。 「いいっ、1万分の1て……あんのクソマスターめ……っ!!」 「……龍也。  俺も“蒼焔”封印の同じ魔導具を着けてるが……それが無いとお前、“黒雷の戦神”ってバレて色々面倒だぞ……?」  憤慨する龍也を横目に、朱雀は右腕に巻いている腕輪──龍也のものとは違い、青い文字や記号が書かれている──を見せながら呆れ口調でそう言う。その瞬間、龍也はハッとした表情になった。  ──学園に通うに当たり、悠斗から耳にタコができるほど聞かされたことがある。  それは「“黒雷の戦神”だと絶対にバラすな」だ。  “Xランク”の個人情報は、国家機密レベルの特秘事項。学園長である冬也のように事情を知る必要のある者以外には、決して知られてはいけない事実なのである。  それを失念していた龍也は、空気を紛らわすようにコホン、とわざとらしい咳払いをした。 「……なんだ。あのマスターもなかなか気が利くじゃないか……見直したぜ」  しれっと手のひらを返して左腕に腕輪を付ける龍也に、朱雀はやれやれと言わんばかりに肩を竦めて首を横に振る。  そんな2人の様子を「面倒事は避けたいからねぇ」と笑いながら見ていた冬也──ふと壁に掛けられた時計を見るや「それよりも」と口を開いた。 「朱雀君。そろそろ始業式が始まる頃なんじゃないかな?」  冬也のその言葉に、龍也と朱雀も時計を見る。  ──8時10分。気付けば、始業式開始まであと20分だ。 「お、本当だ。じゃあ俺は行きますかね」 「間に合うのか?」  そう尋ねる龍也に、朱雀はフッと鼻を鳴らす。 「こっから歩いたらギリギリだが、“転移”なら一瞬だ」 「……ゴモットモ」  「ま、そういう訳だ」と言って“転移”を発動しようと意識を集中させる朱雀。すると、なにかを思い出したように手を叩いて「そうそう」と冬也が口を開いた。 「始業式の学園長挨拶なんだけどさ。本来僕が出て然るべきなんだろうけど……面倒だったからね、龍也君の転入手続きって名目で教頭に丸投げしたんだよね。  ……けど、彼の話長いんだよねぇ。はっはっはっ」 「……シゴトしろよ、学園長」  龍也は、学園長としての威厳も責任も微塵に感じられない冬也の言葉に、ジト目を向けてそう言う。  朱雀は一度大きなため息を吐くと「ああ……睡眠安定だな……」と呟き、再び意識を集中させ“転移”を発動── 一瞬にしてその場から姿を消した。  朱雀の魔力が遠退いたことを見届けると、不意に「そういえば」と龍也は口を開く。 「さっき俺の転入手続きがどうとか……って言ってたけど、俺以外に高等部から入った奴はいないのか?」 「ああ、いるよ? 30人くらい。彼等は彼等で入学式の席に座っているよ。  ただ……君は試験免除の特別枠だからね。手続きが遅れた(てい)で色々と辻褄を合わせているのさ。ついでに僕がサボれるしね?」 「ああ、そういうコト……仕事してるのかしてねえのか、分かんねえな」  冬也の言葉に、ため息混じりにそう頷く龍也。  ふと、思い出したようにその視線が自分の右手──私服の入った紙袋に向いた。 「うーん、服ずっと持ってるのも邪魔だよな……“ボックス”」  龍也はそう呟くと、おもむろに指を弾く──すると、空間が裂けるように直径50センチメートルほどの丸い穴が目の前に現れた。龍也は、その穴に紙袋を無造作に放り込む。  ── “ボックス”とは、異空間へと続く穴を開いてその中に物を収納できる魔法である。その中は空間が停止しており、収納した物は経年劣化せずナマモノも腐ることはない。  ただし、当然容量──魔法士の潜在魔力によって変わってくる──は有限であり、一個人につき1つの“ボックス”しか持つことはできないため、なにを入れるかよく考えて使う必要がある。  最も、龍也の場合ほぼ無限にモノが入るので、特に考えたことはないのだが。  龍也は紙袋が収納されたことを確認すると、再び指を弾いて“ボックス”の口を閉じた。  一仕事終えたと言わんばかりに「ふう」と一息付いて伸びをする龍也──それを余所に、冬也はいつの間にか用意していたティーポットでカップに紅茶を注ぎながら「さて。暇になってしまったね」と、軽い口調で笑った。 「……暇なら挨拶しに行けばイイじゃんか」 「それとこれとは、話が別だな」 「……ソウデスカ」  ハイテンションの人なら発狂せずにはいられないほどの静寂な空気に、龍也と冬也は同時にため息を吐いた。  
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