壱ノ話【水】

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「お、おっ母…」  そして、怯える二人を取り囲んだ海水が一気に蒸発した。  見るとそこには腹の大きな女性が姿を現した。  見るからに生気は無く、半透明の体、長い髪から覗く瞳は、物悲しげに俯いていた。  怖がって、香苗にしがみつく千都を庇いながら香苗はジッと相手の出方を窺った。  すると、充血した眼球の黒目がぐるりと香苗を睨んだ。  そこで香苗は、あぁと確信した。 「お…お前、やはり…美代」  香苗が美代という名を呼んだ瞬間、その女の顔は、鬼のような形相に変わる。 「ひっ」  香苗が小さく悲鳴を上げた。 「ゆ、許して…許してくんろ…」  ブルブルと震えながら、小さく絞り出した言葉。  そこで必死に抱きついていた千都は顔を上げた。 「お、おっ母を…おっ母を虐めるなぁああ」 「ちっ、千都!」  千都は女に向かって走り出した。  女の方は形相はそのままだったが…  パァンッ!!  女の体が為す術なく宙を舞った。 「え…」  千都も香苗も呆気に取られて、ただ、女が地に叩き付けられた様子を見つめていた。
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