Mask

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 (こいつ…)  そう言って手を差し伸べてきた磐次を見て、金光はこう思う他なかった。  あからさまに“隊長”などと付け足したり、おだてた調子で自分(金光)を持ち上げる等して、他人を動かそうとする。それは金光がよく知る磐次の人に協力を仰いでいる時の常套手段だった。  (どうやら…この数年で人間の気持ちの動かし方は一段と上手くなったようだな…)  勿論そう言われて、かき乱された金光の“誇り”というものが落ち着かないのかと言えばそうでもない。お世辞混じりなのは重々承知なのだが、金光もそこは人の子である。わずかではあるにしろ怒りは治まっていた。 「一緒に戦おう…」 金光は差し伸べられた手を握ることが、いやそこに自らの手を伸ばすことすらできなかった。いつ再びヴァンデルの群れが襲ってきてもおかしくはない状況であるのは十分把握しているはずだった。形だけでもかまわないから、さっさとここは磐次も利用してしまって物事を先に進めてしまった方がいいのもわかっていた。 だが、できなかった。誇りだとか正義だとか最早そのような“立派な言葉”で形容できない、稚拙と形容されても仕方のない態度しか金光は取れなかった。 (俺は…) 金光を急かすことなく、ただただ優しく磐次は手を差し伸べるだけだった。ヘルメットの所為で互いに表情は見えなかったし、周囲にもわからなかったが、きっと磐次は優しい器量の深い、それこそ何かを悟ったような表情で金光を待っているのだろう。そしてその反対の表情にきっと自分はなっているのだと、今の金光は思う他なかった。 「俺は……」 零れ落ちるようにして「お前の助けはいらない」と金光の口から出た言葉はそれだけだった。 弱弱しいその声色からは最早誇りの欠片もなく、金光の小ささを周囲にいた兵士たちに露呈してしまった。そこには自尊心の塊であったかつての姿はなく、逆にその印象しかなかったネクスト陣営の兵士からは「偉そうにしていたくせに何だよまったく…」と近くにいた者にささやく者さえいた。 そしてその姿を陣形の中ほど辺りで見ていた萩原も、自分たちの隊長であった人物の弱い部分を見てしまい“もっと早くこうしていれば”という憤りと、何か見てはいけないものを見てしまったという申し訳なさの二つを感じていた。
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