2576人が本棚に入れています
本棚に追加
「金光…」
磐次はそっと手を引いた。彼が考えうる、もっとも優しく、友人をこれ以上傷つけないような早さで。
磐次はそれ以上語らなかった。それは他の兵士達と同じように、金光のことを見限ってのことではなくこの数年で彼が身を隠していた児童施設で学んだ“引く精神”から出た行動であった。ぶつかり合っていても何も生まれない、当たり前ではあるが意識して取り組もうとできるかはその人の人生なのだ、と彼は思っていた。
しかし全体の感情は、そんな個々の感情を押しのけてしまうほどに纏まっていた。
仮にここで金光を頭に置き、再編成の掛け声を磐次が行ったとしても誰も従わなかっただろう。それは磐次に対しての不満ではなく、磐次にこそこのまま全体を引っ張っていってもらいたいという、全員が感じていたことであった。
それは金光に対して全員が不信感を感じたのと同じほど確かな、牛島磐次という個人に寄せられた信頼であった。
磐次はそれも薄々感じていた。自分自身への自信からではなく、何となくその場の雰囲気はもうこのまま自分がリーダーになるしかない、そのような状況だった。磐次にとってもそれは全然困ったことではなかったし、それが普通は当然の流れであろう。
だがここで友人のプライドをずたずたに傷つけてしまっては、今後彼に二度と以前のような誇り高い精神を持って前を向いてもらえないような気がした。それが磐次の動きを躊躇わせていた。
そんな次の一歩が出なくなった全体を動かしたのは意外な人物であった。
「磐次!ここはお前が指揮を取れ!」
皆が声のしてきた陣形の後ろを一瞥した。
じっと見つめる者はほとんどいなかったが、皆その声の主は何者なのかは気になっていた。
特にネクスト以外の兵士からすれば、今日一日が未知との遭遇であった。そこで何かの行動ができる人間が、英雄なのかそれとも適当な発言をして恐怖を紛らわそうとしている馬鹿なのか、特に磐次が全体を指揮し出してから気になっていた。
だが、声の主が誰がわかっている磐次は反応が違った。
「伊出さん、それは・・・」
全体が声の主の名前が『伊出』というのか、と認識した頃には伊出は磐次と金光の傍まで近づいていた。
(伊出・・・!)
この数年間で伊出に対する金光の感情は磐次のものとは全く逆になっており、できることならこの場で掴み掛かってやりたかった。
最初のコメントを投稿しよう!