人斬り以蔵

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其の細い眼は、上座に正座する、青白い顔をした、一人の青年を捉えた。 「あれが武市か」 思わず以蔵は呟いた。 其の呟やきを、傍らで聞いて居た者が、顔を真っ赤にして怒鳴った。 「お前の様な畜生が先生を呼び捨てにするな」 運の悪い事に其の者は、以蔵の事を知って居たのだ。 以蔵は、其の身に憑いて拭え無い、愛想笑いを浮かべて聞いた。 「どうしてだよ。武市も俺も、同じ貧しい下級武士だ。何故俺は畜生で奴は先生なんだ」 相手は、怒りで眼に涙を滲ませ更に喚く。 「先生とお前を一緒にするな。先生は偉いんだ。一緒にするな」 子供の様な言い分だが、以蔵はどう答えたら良いか分から無い。 怒らせる気は、全く無かったのだ。 ただ知りたくて、聞いただけなのに、何故此処迄怒るのか、どうしたら機嫌を直してくれるのか、分からず困惑し、ただただ其の澱んだ目を泳がせる。 「どうした」 澄んだ、涼風の様な声が聞こえる。 騒ぎを聞きつけた、半平太が尋ねたのだった。 半泣きの男が直ぐ様訴える。 「こいつが、先生を馬鹿にするんです」
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