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効果はてきめんだった。「あら」少女は兎のように背筋を伸ばし、目を丸く瞠(みは)った。輝いた青い瞳には、今まで彼女がガブリエルに見せてきたものとはまったく違う、はっきりとした喜びと驚きの感情があり、それが彼女を皮肉にも初めて外見相応に見せていた。
「貴女、じゃあ、もしかして、貴女が? ああ、ごめんなさい。失礼してしまったわ。こんな場所からなんて」
少女は台座から慌てて飛び下り、身だしなみを確認すると、たじろぐガブリエルにも構わずすたすたと歩み寄ってきた。靴は履いていなかった。
「ああ、でも、オッフェンバック様は男の方だと聞いているわ。貴女……? でもその髪は……じゃあ」
「待って。ちょっと、落ち着いてよ」
ガブリエルは馬をなだめるように、両手を少女に向ける。
「私はガブリエル。ドニス・オッフェンバックは、私の父よ。父は忙しいから、私が代わりに届けにきたの」
「じゃあ!」ガブリエルが終わりまで言う前に、少女は小さく叫んだ。はっと口を手で塞ぎ不躾を恥じらう。かすかに震える手を胸にあて、ひとつ息を整えると、少女は期待と不安をない交ぜにした目でガブリエルを見つめた。「じゃあ……オッフェンバック様は、あの子を直してくれたのね?」
いつの間にかすぐそばにあった少女の顔を、ガブリエルはどうにもまともに見ることができなかった。あまりにもまぶしい。「そう。直ったよ」彼女は少女から目を逸らしたまま頷き、「ちょっと待ってて」と背中の荷物を下ろした。
ああよかった。傍らで息をつく少女にちらりと視線をやってから、ガブリエルは背負い袋の上にかがみ込み、奥から粗末な木箱を取り出した。蓋を開けば、やわらかいボロ布と油紙とを九重(ここのえ)に重ねた、小さな包みが現れる。耐衝撃装置(パルシュット)が組み込まれているとはいえ、やはり時計にとって衝撃と水分は天敵であり、また、一目で値打ちものとわかる時計を人目に晒すわけにもいかなかった。そのせいであの気のいい商人には――しかし何よりガブリエルは彼に気のいい商人のままでいてほしかったのだ。いつだって金の輝きは人を狂わせるものだから――ずいぶんと非礼な態度をとってしまったのだが。
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