永遠の午に咲いた薔薇

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   少女もそれらのことは承知済みなのか、特に戸惑った様子もなかった。 「では、それが」 「そうよ」ガブリエルは頷く。  丁寧に組紐を外し、包みをほどいてゆく。やがて幾重にも重ねられた布と油紙の中から、黄金と貴石のまばゆい輝きがこぼれ出した。少女がああ、と息を飲んだ。ガブリエルもその美しさに改めて目を奪われた――けれどその目は本当のところ、流麗な数字の並ぶ文字盤を透かし、その奥で噛み合う複雑で精緻な機構のほうにこそ向けられていた。天才時計師ドニス・オッフェンバックが細やかな修正と調整を重ねた、幾多の金属パーツは、いまはむろん動きを止めてはいるものの、まるで力を溜めるしなやかな獣のように調和し緊張しつつそこにある。ひとたびゼンマイを巻き上げてやれば、彼らは針先ほどの狂いもなく協調し、この世に二つとない尊く貴重な時間を紡ぎ出し始めるだろう。  真に優れた音楽は、真に優れた奏者によって奏でられてこそ、そのまことの魅力を引き出される。時計も同じだ。悔しいけれど、とガブリエルは思う。私では決して、この小さく神秘的な精密機械の、内に秘めたる本当の輝きを引き出すことはできなかっただろう。ドニスはガブリエルにとって師であり父である以上に、優れた、そして越えられぬ才能を持った同業者だ。その彼の手によって調律された時計はこうして、飾られたうわべだけではなく、内側からも燦然と光を放つ。悔しいけれど、時計師としてのガブリエルの目から見ても、これは至高の品なのだった。 「ガブリエル」  少女の声でガブリエルは物思いから覚めた。彼女は束の間とはいえ時を忘れていた自分に驚き、そしてすぐに気恥ずかしさに襲われる。 「ごめんなさい。つい」  物思いの内容もあって余計に頬が熱くなる。弁解がましく言って立ち上がったガブリエルに、少女は微笑でもって応じた。 「いいの。貴女もその子の美しさがわかるのね。そう……私だってそうよ。幾度見たって、見蕩(みと)れてしまう」 「ん……うん。そう、そうね」  
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