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本当は、そんな純粋な感情などではない。目の前の時計を通り越してガブリエルが見つめていたのは、実の父に対する、その天才に対する愛情と誇らしさ。そして水に垂らされたインクのようにたなびき渦巻く、醜くて卑小な、嫉妬と憎悪。そんなふうに色々なものが彼女の中ではない混ぜになっていて、だから、「やっぱり」と目を細めた無垢に、ガブリエルは息が止まる思いをした。胸が痛いほどに打ち、体が火照る。頬が熱を帯びる。見蕩れるというのなら、美しいというのならば、あなたこそがそうではないか。〈白薔薇〉。しろばら。古城の姫君。その穢れを知らぬ白さは、まっすぐに見つめるにはやはりまぶしすぎて。
これ。栓無き思考を振り払うように、ガブリエルは少々ぶっきらぼうに懐中時計を突き出した。〈白薔薇〉はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに自然な微笑みを取り戻した。オイルと金属、削り盤を始めとする金属加工器とに荒れたガブリエルの手に、雪のような手のひらが重なる。滑らかで、潤い、ことのほか体温の高い手だった。触れられた場所から未知の感覚が肌を伝って広がった。
「ありがとう」
〈白薔薇〉はそう言って時計を受け取ると、ぎゅっとかき抱いた。ああ、と、唇からため息が漏れた。少女は目を瞑り、時計を握りしめ、安堵に身を震わせる。それはまるでひもじさをこらえるように切なげで、いたわしげで。ガブリエルには、彼女がこの時計へ注いでいた並々ならぬ愛情が見てとれた。ああ、よかった。ほんとうに。よかった。また幾度かそっとつぶやくと、ふるふると小さな頭を振って――それに合わせて、白い髪が光の中できらめいた――少女は花が咲きこぼれるような笑顔でガブリエルを見上げた。
「ありがとう、ガブリエル」
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