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〈白薔薇〉がそう言った次のときには、彼女の体はガブリエルの視界からは消えていた。代わりに熱くやわらかなものが胸の中にあった。華奢で、壊れやすく、繊細なもの。背に回された腕は細く、重みは限りなく無いに近い。花のにおい。ありがとう。よかった。ほんとうに。〈白薔薇〉は小さな頭をガブリエルの胸に寄せ、そうして、彼女のシャツをほんのすこし濡らした。しろばら。どうしてそんなに。あなたはどうしてないているの。この時計はあなたにとってなんだというの。あなたはいったい、だれだというの――。胸の中の少女へのいとおしさと同時に、数多の疑問がガブリエルの心に去来した。しろばら。ガブリエルが言葉にならぬ言葉の代わりにためらいがちに手を伸ばし、白い髪を指で梳いてやると、〈白薔薇〉はむずかるように体を揺らした。ごめんなさい、と言った。ごめんなさいガブリエル。わたし、こんなつもりじゃなかったのだけど。
だけど。おねがい。もうすこし、こうさせていて。
いいよ、しろばら。わたしでいいなら。ガブリエルは壊れそうな少女の背に腕を回し、ぎこちなく抱き寄せた。白い髪に頬を寄せると、甘く、そしてすこしだけ胸が詰まるような、太陽と砂糖菓子と、シナモンの匂いがした。薔薇の香り、なのかもしれなかった。
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