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石の一角獣(リコルヌ)の足元に揃って座る。押し寄せる時の力は強靭で執念深く、天を突くその高潔な獣の角すらも、ついにはなかばからへし折ってしまったようだった。前脚を掲げて嘶(いなな)く彼の目は、南から急速に膨らんできた黒雲を威嚇するように見据えていた。ガブリエルの隣に座る〈白薔薇〉は、一角獣の後脚に背を、ガブリエルの肩に頭とをもたせかけ、時計に通した金の鎖をしゃらしゃらともてあそんでいた。ガブリエルの方は彼女がすんすん鼻を鳴らすたび、白い髪をなだめるように撫でてやっていた。
あれから、ごめんなさい、と繰り返しながら、〈白薔薇〉はガブリエルの腕の中で泣きじゃくった。彼女が謝るたびに何度でも、ガブリエルはいいよ、と返した。ないていいよ、しろばら。涙はもう止まったものの、陶磁のような頬と眦(まなじり)にはまだほのかに朱が残って見えた。ガブリエルは彼女を気遣いながら、きいていい? と尋ねた。間があってから、こくり、と少女は頷く。
「どうして、泣いたの?」
手の中の時計を見つめる横顔がぴくりと硬直するのがわかり、彼女は率直に訊き過ぎたかと後悔した。
ガブリエルがもう一度口を開きかけようとしたときだ。
「この時計は」
〈白薔薇〉は視線を落としたまま言った。声はか細く震えていて頼りなく、初めのときのあの鈴の音、そして饒舌(じょうぜつ)で自信に満ちた話し振りとはずいぶん違っていたが、その芯にある強さはまだ失われてはいないようだった。
「ううん。ちがう」
〈白薔薇〉は首を振った。ちがうの。そうじゃないの。少女はもどかしそうに唇を噛む。苦しげに眉を寄せた表情は、またふたたび泣き出してしまいそうに見えた。ガブリエルはいたたまれなくなり、彼女の細い肩に手を置いた。
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