永遠の午に咲いた薔薇

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*  雨を逃れた二人を出迎えたのは、狂気じみて絢爛な城だった。  天井から下がるクリスタルのシャンデリアが、壁に掛かった武具や物言わぬ甲冑に金属の暗い輝きを与え、無数の絵画や綴れ織りの壁掛けへ影を落とす。石壁に切られたいくつもの窓にはすべて、錬鉄の窓枠と透き通ったガラスが用いられ、空を覆うどす黒い雲がよく見えた。〈白薔薇〉に先導されて進んでゆく廊下や部屋もまた、雑然と置かれた貴族風の調度の数々や、無秩序に配置された胸像、剥製などによって、不調和で混沌とした、ある種の美を醸し出していた。はたしていったいどれほどの情熱と財産と狂気とがここにつぎ込まれたものか、ガブリエルにはにわかに判じがたく思われた。  しかし、それらの品々を遥かに圧倒する数と質でこの城を支配しているのは、大小幾千という時計たちだった。壁掛け時計、柱時計、置時計や懐中時計、クロノメーターや天文時計などの機械時計の他にも、非常に凝った装飾を施された日時計や水時計、天球儀やトルクエタム、アストロラーベまで、原始的なものから非常に洗練された機構を備えたものまで、ありとあらゆる時代、ありとあらゆる場所で作られた計時装置がこの城に集っていた。それゆえ城の中はどこへいっても、振り子が振れるひゅん、ひゅんという音、機械人形の叩くカリヨンが紡ぎ出す賑やかな旋律、銅鑼の音、香箱(ヴァリエ)が立てるかすかな音や輪列のささやき、脱進機のこすれ――慣れている者でなければ数日と経たず発狂するであろう無機質で単調な音――に満ち、あたかもある一つの抽象的な音楽のごとく城全体を共鳴させていた。各々無数の部品で形作られた機械たちが、総体として一個の複雑な協同体と化したそのさまは、どこか生命というものの模倣を思わせずにはいられなかった。  けれどこうした豪華な装飾と珍しい時計の数々も、ガブリエルの気持ちを浮き立てるのにはまったくといって役立たなかった。〈白薔薇〉があれからずっと黙りこくっているからだ。  
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