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かといって、自分の方から言葉をかけるのもガブリエルには躊躇われた。どうすればいいというのだ。仲間たちを失い、死すらも許されない、生きることさえも許されないというその少女に、自分はどんな言葉をかけてやれるというのだ。
そしてなにより、本当に恥ずべきことだが、ガブリエル自身がまだあの告白を受け入れきれていなかったのであった。この浅ましい裏切り者。嘘つきめ。ガブリエルは心の中で自分を罵った。いっそ〈白薔薇〉がそうしてくれたならばどんなによいかと望んだけれど、白い少女はただ黙々と歩みを進めてゆくのみだった。
やがて二人は居館の奥、〈白薔薇〉の部屋へと辿り着いた。壁は幾重にも重ね合わせた淡いブルーの絹に覆われ、最初に言っていたあのタピスリーも、燭台の光に照らされて浮かび上がっていた。これまで見てきたきらびやかな装飾品や時計たちも、この部屋にはほとんどなく、いくつかの落ち着いた調度類が置かれているだけである。中でもとりわけ大きなものは天蓋付きの寝台で、銀糸を織り込まれ垂らされた紗(うすぎぬ)は〈白薔薇〉自身と同じ雪のような白だ。少女は硬い表情のままそこへ腰を下ろした。
「ねえ、〈白薔薇〉」
ガブリエルがその名を呼んだのは、彼女の隣へ腰かけてからどれくらい経ったときのことか。
「どのくらい……ひとりで?」
「わからないわ」
〈白薔薇〉は首を振った。可笑しいでしょう。ここにはあんなにもたくさんの時計があるというのに。またあの寂しげな笑みを少女が浮かべようとするから、ガブリエルは「だからなんだね」と言葉をつなぐ。その視線は〈白薔薇〉の首にかかった懐中時計へと向けられていた。
この時計はずっと、この少女の傍らにあったのだ。ドニス・オッフェンバックをクナルフ最高の時計師と呼んだことから考えれば、〈白薔薇〉は長ければ二十年近くも、幾千の時計たちだけを友に過ごしてきたことになる。
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