53人が本棚に入れています
本棚に追加
拠(よ)り所だったのかもしれない。彼女と共に果てのない長い時を生きてくれるのは、もはや時自体、それそのものだけだったのかもしれない。城じゅうにひしめく時計たちを一つひとつめぐり、鍵を挿し込み、ゼンマイを巻き上げ、磨き、慈しみ、語りかける。それだけが彼女の呪わしき無限の生における、唯一残された意味であったのかもしれない。
どの推測も間違っているのかもしれないし、あるいはまた、正しいのかもしれなかった。ガブリエルのかろうじて想像できうるのは、もう一人の自分ともいうべきこの時計が壊れたとき、彼女がどれほどの衝撃を受けたかということだけ。ただそれだけ。それ以上のことは。もう。
「わたしは」
〈白薔薇〉が口を開いた。
「わたしは、時計たちをあいしている。憧れているの。時を刻んでゆく、前に向かって進んでゆく。体をふるわせて、いくつもの歯車をきしませて、動いてゆく。――まるで生きているみたいに」
だから、と少女は続ける。
わたしはこの子たちをあいしている。
そして、同じくらい、憎んでいる。
「あなたたちにんげんのことだって、そう」
嫌になったでしょう。わたしのことが。この、ばけもののことが。
〈白薔薇〉は言った。皮肉げな笑みはもうなかった。代わりに硬貨のような目が二つ、壁にかけられた鏡を見つめていた。ガブリエルもつられて鏡の向こうを覗き込み、そこに人形のような少女を見いだした。不安と疼痛(とうつう)とをちっぽけな瞳に押し込んで、必死にこらえようとする、老いることも死ぬこともなく、それゆえに生きることすらできぬと自嘲する、あどけなく、けれど心だけは老いずに、傷つかずにはいられなかった少女の姿を。
ああ、なんて。くるおしい。
最初のコメントを投稿しよう!