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先に目を逸らしたのはガブリエルだった。なぜだか急に、自分の服のみすぼらしさが気になり始めたためである。
喉が乾いていた。んん、とひとつ咳き込んでから尋ねる。
「……あなたは?」
「わたしは〈白薔薇〉。貴女(あなた)は、わたしの城になんの用かしら?」
「あなたの、城?」
戸惑うガブリエルに、〈白薔薇〉と名乗った少女はこくりと頷いて微笑した。
「そうよ。わたしがこの城のあるじ。この庭も、この像も、あすこの噴水も、鐘楼も、愛らしい時計たちも、やわらかい寝台も、壁のタピスリーもわたしだけのもの。そうそう、タピスリーといえば、それはあの女将軍が騎士たちを率いて、東方の蛮族を打ち破ったときの姿を描いたものでね。とっても綺麗だから、貴女もきっと見てゆくといいわ。ああでもやっぱり、いっとう素晴らしいのは時計たちね。ああ、ほんとうに。わたしの可愛いオルロージュ――」
夢見るように滔々(とうとう)と語り続けていた少女がはたと言葉を止めた。ガブリエルを見つめ、細い眉をきゅうっとつづめる。少女らしいみずみずしい肌に刻まれた深い皺は、なかば虚構じみているほどだった。むっとした表情のまま、彼女は心なしか顎を反らす。
「……なあに。なにか、おかしくて?」
「おかしくはないけど、でも、お父様やお母様は? この辺りに住んでいるんだとしたって、勝手にこんなところまで出かけたら心配するだろうし、それに、城の人にだって怒られるでしょう?」
ガブリエルの口調がまるで幼い妹に向けるそれとなったのも無理はない。少女の見た目はどう見てもせいぜい彼女より四つ、あるいはもっと下であったから。〈白薔薇(ローズ・ブランシュ)〉なんて名前を自分につけて、古城のあるじを名乗るだなんて――きっと姫君にでもなったつもりでいるのだろう――いかにも童話や空想めいた、子供らしい遊びではないか。
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