永遠の午に咲いた薔薇

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   しかし少女には、彼女のその態度がいたく気に障ったらしい。眉間の皺はますます深くなり、頬はほのかに紅潮し、花弁(かべん)のような唇は強く引き結ばれた。それでも反論する口調は高ぶることがなく、年不相応な自制心の見えるものだった。 「この城は間違いなくわたしのものよ。わたし以外のものであるはずがない。それに、父も母もわたしにははじめからいないわ。だってそうでしょう? 薔薇に母や父がいて? それとも、貴女は、わたしが嘘をついているとでも?」  ガブリエルは目の前の少女に、わずかならず気圧されていた。なんの根拠を示すでもない。だが、少女は断固とした確信をもって自らの正当を主張する。細い体と青い目にみなぎるのは傷つけられた誇りに対する静かな怒り。それはまるで高貴な育ちの猫のよう――そう、あるいは、かような城に住まう、まことの姫のよう。  若い時計師の見守る先で、先ほどからぶらぶらと揺れていた少女の両脚がぴたりと止まり、そしてまた弛緩した。はあ、と彼女はため息をついて、石の乙女に寄りかかった。 「ごめんなさい、あなたに怒っても仕方ないのよね。貴女が信じられないなら、わたしがなにを言ったって無駄なんだもの。でもね、言い訳させて。今日は、クナルフ最高の時計師様が訪(とぶら)われる予定なの。だからわたし、我慢しきれなくって、朝からずうっとここで待っていたのだけど、午(ひる)を過ぎてもなかなか来られないものだから、すこし、いらいらしてしまっていたのよ。ごめんなさい」  少女の言葉にガブリエルは面食らった。あっさりと彼女に頭を下げる態度は、いとけない外見に反して奇妙に大人びて、いっそ不気味ですらあった。  ガブリエルは自分でもいぶかしんでいたものの、尋ねずにはいられなかった。 「……じゃあ、まさか本当に、あなたがうちの工房に、あのトゥールビヨンを送ったっていうの?」  
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