生きよう…

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波が寄せては返す、 夜の海。ぼんやりと月が浮かぶ…。他に人影はない。蝉の声と波の音が重なる。そして僕の歌声も…。 綺麗な黄金色が海を、闇を包んでいた。 僕は心に書き留めるように、その光景を焼き付ける。 忘れないように…。もうけして見る事はないのだから…。 ギターを置いて、ポケットからセブンスターを出し、火をつける。 夜風に吹かれたので、少し手間取った。 潮の香りが鼻孔をかすめる。 煙を吐いた。 眉間にしわをよせる。いつもの癖だ。 それが行く方を目で追った。 視線が一箇所で止まる。 光ってよく見えなかったが、何か赤いものが打ち寄せられて、いるのがわかった。 吸い寄せられるように近づいてみるとそれはボールだった。手にとり、回して見る。 遠い日の記憶が蘇った。 幼い頃、母親に連れられてよくここに着ていた。 帰るのを嫌がって、困らせたものだ。 その母親は、僕を置いて天国に旅だってしまった。 人の命とはなんとはかないのか…。 あの頃から僕の中には、埋める事の出来ない穴が空いていた。 ピピピ… 思い出に浸っていると携帯が時刻を教えた。 「時間だ。」 吸っていた煙草を足で揉み消し、ギターにキスをしてお別れを言うと 海へ向かって一歩一歩 歩いて行った。 後ろを振り返る事なく、ただ前へ前へと進んだ。 靴の中に水が入る。 やがてそれはズボンに、上着にとなっていった。 体がだんだん浸かっていく。 夏とはいえ、夜の海は、ひんやりと冷たい。 唇が震えた。 気がつくともう口の辺りまで 浸っていた。 僕の瞳は鈍く光った。 「じゃあな。」 そう呟いて、携帯を投げると、また一歩… 「だめ!!」 その声に驚いて 振り返った。 浜の方に女の子がいた。 しまった。 見られたか…。 でもここまで来たんだ。 僕は無視して進もうとした。 しかし、 「死なないで!お兄ちゃん!」 女の子が泣き叫んだ。 その声があまりにも悲しそうで辛そうで 僕はたまらなく胸が痛くなった。 「ゴメンね。止めちゃって。」 女の子はしきりに頭を下げて謝った。
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