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刹那。
双識は『自殺志願』と呼ばれる自身の通り名と同名の愛玩を、懸命の心臓に突き通した。
それから二回程、例の握力運動をして肉体から引き抜く。
それだけで終わった。
それだけで充分だった。
それだけで殺人だった。
既に沙汰は呻き声をあげる事も無く、出血する事も無く、こと切れていた。
小暮には双識が何を行ったのか目視出来なかったが、双識が沙汰を殺したであろう事は直感で分かった。
なぜか分かっていた。
しかし、小暮にはその「なぜか」は自分でも分からない。
「ふうー、分厚い胸筋のおかげで出血させないように筋肉で弁を作るのが楽だったよ」
そう言いながら双識は大鋏の血糊を掃除する。
「しかし。『首斬役人』とまで詠われた私の技術やこの『自殺志願』をこんな小細工に浪費するのは、正直ストレスが溜まるねえ」
「あなたの強さは良い」
妹の死、親友の裏切り、殺人。
様々な非日常が激流のように流れ込んでくる中、小暮が気にしたのは決して譲る事が無い「強さへの執着」だった。
「双識さんでしたっけ?双識さんの強さはとても良いですよ。俺の強さと比べやすい」
「この期に及んでそんな所に着目するなんて君も相当変わってるねえ。私も家族の中では変わり者だが、君もなかなかだ。うん、もちろん良い意味でだよ。小暮君と話して分かり合いたいのはヤマヤマだけど、今は時間がない。ここの後始末は私がしておくから、とりあえず移動しないかい?なに、悪いようにはしないよ」
「残念だが双識さん。今の所、俺はあなたに付いて行く気は無い」
「おやおや、何故だい?」
双識は両手を天に上げ大袈裟に驚くフリをした。
小暮はそれに付き合わない。
「あなたに付いて行く理由が無いからです」
「私には理由がある。君は家族だからねえ。それに『これ』はどうやって誤魔化す気だい?」
双識は懸命の死体を指差す。
改めて見るその死体は、外傷が目立たないようになっているので眠っているようにもみえた。
これは双識の技術を見事だと褒めるしか無いであろう。
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