「アスリートの限界」と「零崎のススメ」

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「コンコン」 「ったく、何だよ」 小暮が良い感じで集中し始めた時、再びドアをノックする音が聞こえた。 思わずイラつく小暮だったが、次の瞬間にそんな感情はどこかに吹っ飛んでしまう。 「あの、お兄ちゃん、私だけど」 聞き間違えるハズがない、それは大事な大事な妹の声だった。 「純菜か、どこに行ってたんだよ。心配したぞ」 慌てて取っ手に手をかけ、ノブを回す。 ドアの向こう側には愛しの妹が、うつむき加減で立っていた。 「だって・・・お兄ちゃん集中したいみたいだったし。邪魔しちゃ悪いかなって思って・・・」 「馬鹿だな、たった一人の妹を邪魔だなんて思う訳ないだろ」 小暮と純菜。 二人は孤児だった。 両親は二人が子供の頃に交通事故で同時に亡くなっている。 今は、巡り巡って信用出来るに足る親族の所に厄介になっているが、最初の頃は酷かった。 見知らぬ親族の間をたらい回しにされ、心無い言葉を浴びせられてきた。 両親を事故で同時に亡くした時、小暮はただただ泣き崩れた。 愛する肉親との死別、日常の強制変化、真っ暗になった未来。 当時小暮はまだ小学生に上がったばかりの7歳、無理もないだろう。 しかし、4歳だった純菜は泣かなかった。 周囲の大人達は、現状を理解していないのだ、と妹を哀れんだ。 現実を理解した時、兄のように号泣するのだろう、と。 ただ、現実は違った。 その事実を小暮だけが理解していた。 「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんには純菜がいるんだから。何にも心配いらないんだよ」 小暮は、妹の言葉にただ驚くことしか出来なかった。 まだ、幼かったので驚くことしか出来なかったのだ。 純菜は既に、両親の事を理解し受け入れ、新たな人生に対する覚悟を済ましていたのだ。 たった四歳の子供が、である。 その覚悟は、悲劇であり奇跡でもあった。 小暮は、純菜が自分よりも先に進んでいる事を、何よりも純菜の言葉で自分が救われた事を理解した。
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