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やがて、男がエルガにひとつの注文を伝える。
それは、酒の種類で言えば中の上。
値段も手ごろな物だった。
男が注文したのは、ある果実酒。
しかしそれは、特別な時に振るわれる酒。
親しい人間や、身近な存在が、この世を去った時に、その死を偲ぶ、悲しい意味を持つ酒。
エルガの勘は正しかった。
この男は、おそらくつい最近とても悲しい出来事があったのだろう。
大切な相手、それこそ自分の半身とも思える存在を失ったのだろう。
そして一人、ふらりと立ち寄った街で見つけた小さな酒場で、その悲しみを涙で濡らし、新しいこれからの道を生きていくのだろう。
エルガは注文を聞くとカウンターへ行き、林立する幾種もの酒の中からその果実酒を取り出す。
封を開け、栓を抜き、盆に氷の入ったグラスとともにその瓶を乗せる。
錯覚だとわかってはいたけど、その酒の瓶は、異様に重く感じた。
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