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どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて男の飲む果実酒が、その全てを故人へと捧げられる。
長い時間を費やして、内に秘める悲しみを和らげた男のグラスには、大きかった氷は今や欠片ほどになっていた。
そして男はグラスをそっとテーブルに置いて席を立ち、カウンターに座っているエルガの元へ歩み寄る。
「・・・遅くまで付き合わせてしまって、すまなかった。」
侘びながら、懐から代金を出そうとした。
しかしそれを、エルガが手で遮り止める。
「代金はいらない。・・・私の奢りだ。」
自然とエルガは微笑んでいた。
男は思いがけないエルガの言葉に驚いたようだ。
「しかし・・・」
申し訳なさそうに言葉を繋ごうとする男に背を向け、エルガは酒棚から新たに一本の瓶を取り出す。
「気にしなくていい。ただの気まぐれだ。」
男に向き直り、今度ははっきりとした意思で優しく微笑む。
エルガの言葉に、黒衣の男も表情を隠すフードの下で微笑んだ。
「では、その言葉に甘えさせてもらおう。・・・ありがとう。」
立ち去ろうとする男をエルガが引き止め、手にしていた新しい上等な酒を男に手渡す。
「土産だ。持っていきな。・・・また飲みに来てくれれば、それでいい。」
男はその酒を受け取るのを少し躊躇したようだが、エルガに半ば強引に手の中に収められる。
苦笑しながらもそれを受け取り、エルガに向き直る。
その男が顔を隠していたフードを少し持ち上げると、優しく不思議な光を宿す瞳とエルガの視線が合う。
そして男は深く一礼し店の外へ向かい、それを見送るためにエルガも扉へと歩いていく。
店の外へ出て、男は再度深く一礼すると身を翻し、静かに夜の闇へと消えていった。
不思議な男だった。
エルガは男の姿が完全に見えなくなるまで見送り、そっと扉に架かる看板を裏返した。
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