牙のあと

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「〝友達〟って俺が言ったらね。  親類しか周りに居なかった俺にとっては凄く大切で貴重な存在なんだよ」 「……」 ちぃ子の白い手を自らの目の前に持って来て、その白く滑らかな掌を見つめる。 「俺が〝友達〟だと思ったのなら、その人の味方を全力でしたいと願う。  ……それは駄目なことなのかな」 「……」 俺の言葉にちぃ子は特に何の反応も示さない。 ……それもそうだ。俺は今は藤光 狐兎苺ではなく、ただの金髪紅目の不審者としか映っていないのだから。 更に言葉を続けようと思ったけれど、それ以上言葉が続く事はなく…… 俺は彼女の手に、カプリと白い牙を突き立てていた。 ただし俺は吸血鬼ではないからただ傷を付けるだけ。 ツプリと牙が突き刺さった瞬間。 ちぃ子は一瞬だけピクリと体を震わす。 けれど、痛みはあれど自分自身の痛みに対しても無関心なのか、何かを言う様な様子を見せない。 (やっぱりちぃ子は――・・) 傷つく事を厭わない。寧ろそれでも無感情のままで居るだろう。 (だから俺は) ツプリと牙を掌から抜くと、小さな黒い穴は瞬時にふさがって行った。 物凄い治癒能力だ。 人という人種は不思議な種族で、こうして人ならざる力を持つ子が時々生まれるのだと言う。 しかし彼女の場合は何だか違う気がするのだが……今はそれを考えるのは止そう。 そんな事を考える俺の口の中には、鉄の味が未だに残って居る。 口の中の味は・・彼女が痛みを何とも感じなくとも、その体は傷つくのだという事を俺に教えてくれていた。 「俺は無理はしたくないから。感情を強引に引き出す事はしない。  ……だから俺は、……ッ!!」 そこまで口にした瞬間。 一瞬にしてちぃ子の小さい体を纏った殺気に、俺は慌てて後方へと飛び退(すざ)った。 それと同時に、俺が今まで居た空間が純白の刀によって凪がれる。 正直・・藤光 狐兎苺として彼女の殺気を受けた事があって良かった。 でなければ今頃・・俺はその刀の軌道を読みきれずに、簡単に斬り捨てられていたかもしれない。 ちらりと髪の隙間から見たちぃ子は、ただただ無表情だった。 「……怒った?」 そんなちぃ子に対して〝ありえない〟事を聞いてみる。 感情の無い彼女が怒るなど有り得ないのに。 そんな俺の質問に対し、彼女は風が舞う音の様に……ただ静かな声でこう言った。
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