牙のあと

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「貴方を、……殺して良いかしら・・?」 「俺を、」 「そう。貴方を・・」 ――俺をちぃ子が殺す。 ああ……どうしてだろう。 鋭利な刃物の様なちぃ子の雰囲気が、とてつもなく悲しい。 藤光 狐兎苺の姿の時は、彼女にこんな殺気を向けられた事が無かったからそんな事を思うのだろうか。 そんな自分の中の不可思議な感情を振り払い、俺はちぃ子に向けて笑みを浮かべた。 「そかぁ。でも今回だけは逃がしてくれない?」 「………」 何も答えないちぃ子。 しかしその様子こそが、俺の質問へ答えなのだと思う。 ――完全なる拒否。 (でも流石になぁ……。  今日はそこまで大きい魔法使ってないし、そろそろ戻っちゃうと思うんだよね) この場面で藤光 狐兎苺の姿に戻るのは流石にマズイ。 ちぃ子に怒るという感情が無いのだとしても、次から食堂で会った時・・目の前に座り難いじゃないか。 (となると……) 俺はちぃ子に気が付かれない様に少しずつ後方へと踵(かかと)をずらして行く。 そして。 ポケットの中に入っていた飴玉を投げ、一瞬ちぃ子の気が反れた隙に屋上から飛び降りる。 もちろん行く先はここから二階下に在る階段の窓だ。 場所が変わっていなければ、先刻隣校舎から確認した限りではそこに逃げ場があった筈だった。 「よし、あった!」 しかも丁度良い事に窓が開いている。ナイスだ。そしてラッキーだ、俺! そう心の中で自分の幸運の女神に感謝をし、素早く中に飛び込むと・・眼鏡を外しネクタイを赤から緑へと付け替える。 それと同時に俺の姿は藤光 狐兎苺へと変わって居た。 (ええっと、ちぃ子は――っと) 屋上を見ようと窓に近付いた瞬間。 俺が入ってきた窓から同じ様に小さな影が飛び込んで来た。 「う、わッ!!」 「――・・ッ!!」 首元に突きつけられる真っ白な刀の先端。 しかし、それは俺の喉元を切り裂く前にピタリと停止して……ゆっくりと引かれて行った。 「ち……ちぃ子?」 「貴方だったの」 「う? うん」 勘が鋭い彼女の事だ。 多少纏う雰囲気と妖力が違えど見破られてしまっただろうか……。 そんな事を思い、内心冷や汗をダラダラと流しまくる。 けれどそんな俺の胸のうちなど興味が無いとでも言いたげに、ちぃ子は刀を鞘へと納めた。
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