EP.1「プロローグ」

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「ではな、署長によろしく伝えておいてくれ」 「はい」 ここに長居する理由はない。というか、本来の目的である買い物のまだ済んではいないのだ、長居している暇はない。 私が階段を下り、踊り場に出た時。 「ねーちゃん!」 下から声が聞こえた。少年の幼い声だ。そして、私はこの声に聞き覚えがあった。 「待ってくれよ!」 例の子供だった。大方警察の手にも余って釈放されたのだろう。それよりもこの子供はここでずっと待っていたのだろうか。 「どうした、異能者」 「…………!」 異能者と言った瞬間、はっきりとした殺意が私に向けられた。やはり、自分を孤児にした異能という力にどこか劣等感を持っている。そんな様子だった。 「冗談だよ。私も異能者だ」 階段を降りる。階段の下で待っていた子供は、私が最後の一段を降りるなり私を見上げて言った。 「助けてほしいんだ」 「断る」 「まだ何も言ってないだろ!」 「金はやらんし、食べ物もやらん。他を当たれ」 「だからちげーよ!」 子供の語気が発言のたびに強くなるのがわかった。それほどまでに必死に、そして警察ではなく私に頼むような事情なのだろうか。 「……どちらにせよ、断る」 面倒事はなるべく避けたい。ただでさえ今日はこんな目に遭っているのだ。これ以上何かに巻き込まれるのはごめんだ。 「頼む!」 頭を深々と下げられる。別に子供に頭を下げられても困るのだが。 「断る。私は探偵じゃないんだ」 子供に構わず出口へと歩き出す。この子供がどんな事情を抱えているのかなんて知らないし、知ったことではない。私はそんな人間に手を差し伸べるほど優しい人間ではない。 「おい、離せ」 子供が白衣の袖を掴む。 「…………」 構わず歩く。が、子供は踏ん張る。このまま歩ければよいのだが、子供のくせに思い。 「おい」 無言。私が話を承諾するまでこうしているつもりだろう。だが私も暇ではないしいつまでも温厚ではない。さすがに少しいらだちを感じている。 「……おい」 無言。 「離せ」 無言。 「いい加減にしろ、私は急いでいるんだ」 無言。 「頼むから離してくれ。少なくとも私より頼れる人間なんていくらでもいるだろう」 無言。 「早く離せ」 無言。ここが限界だった。 「いい加減にしろ子供!」 子供の体が跳ねる。そして驚いたのか、袖を掴む手が少しゆるんだ。
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