ひとつ木に願う

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その腕力は羨ましく、 「うわっ、暴れないでください」 「ぬ……」 憎たらしくもある。 仮にも男として、武士として生きる身としては、眉根が寄るのを抑えられぬ。 居心地の好い腕から脱け出そうともがくが、威嚇する小動物を宥めるかの如くあしらわれた。 ……腹立たしい。 加えて、沖田の体温は無条件に私の心身を懐柔してしまうようで。 「……斎藤さん?」 徐々に回ってきていた酔いが、急速に回りだす。 ざまあないな……自業自得か。 「お、き……」 抗い難い酔いの波に呑み込まれ、意識が幾重もの薄布にくるまれたように遠退いていった。 「あ、寝ちゃいました……」 己の腕にくったりと身を預けて寝息を立てる斎藤の顔を覗き込み、沖田は言う。 完全に瞼が閉じる直前、呟いたのは自分の名だろうか。 もしそうなら、嬉しい事この上ない。 「……へぇ?」 対照的に、胡座に頬杖をつく山崎は少し面白くなさそうだけれど。 「ではこれで失礼しますね。斎藤さんがご迷惑をおかけしました」 山崎の様子に気付きながら、沖田はあえてそこには触れない。 正直面倒臭いし、それに。 彼女の無防備な姿を、他の男に見せたくない。 安心しきった寝顔や、紅なしでも噛み付きたいくらい紅い唇が誘うように薄く開かれた様も。 全部。 ――独り占めしたい
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