奴の標的

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心の臓が怯えるように震えた。 触れてしまうのが怖い。 戻れなくなるのが恐ろしい。 想う気持ちの重みが、狂おしい……。 「だ、めだ……っ」 吐息のように微かな声が紡がれた時、唇と唇の隙間はもう赤子の爪の大きさ程。 だが……。 「ー……」 その僅かな距離を残したまま、沖田の動きが止まる。 あまりに近すぎる沖田の顔。 その時に刀よりも鋭い眼光を灯す瞳が、今は何かを堪えているようだった。 何かを抑え込まんとして揺らぐ瞳のその更に奥で、熱く迸る激情がちらちらと覗く。 ……“それ”がどんな感情なのか、私は知っている。 知っているが故に。 「……沖田、離れ、ろ」 跳ね上がる心の臓を鷲掴みされたかの如く苦しくて。 触れてもおらぬのに伝わる沖田の高い体温が痛い。 堪らず沖田からふと視線を外したのと共に、肩に重さが加わった。 そこから広がる温もりと、首筋にかかる己の物ではない柔らかな髪。 沖田……? すぐ間近にあった顔が、場所を変えて私の肩に埋められる。 「違う……。分かってるから」 「?」 「一が俺を好きじゃねぇなんて、知ってる……」 「ー!」 らしくもなく弱々しい呟きに、胸を刃で貫かれるような痛みが駆け抜けた。 それに呼応したのか、沖田の力強い腕が、私の肢体をきつく抱く。 違う……は、私の台詞だ。 許されなくとも、許せなくとも消えないこの想いは、きっと本物だから。 違うんだ、沖田……。 ――抱き締め返したい ――抱き締め返せない 沖田の広い背に触れたくて、しかし触れられぬ手が宙を掻く。 私が密かに足掻いていると、不意に沖田は私の肩を掴んで身体を押し離した。 吸い寄せられるように、目線が絡まる。 「……でも俺、」  ガサガサッ……にゃーお 沖田の話を絶妙な間合いで遮ったのは、枯れ葉の摺れる音と猫の鳴き声だった。 ……毎度毎度、奇妙な程に嫌な間合いで邪魔が入るのは気のせいではない、よな?
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