第一章『箱庭より』

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第一章『箱庭より』

 その日私は自宅のベランダで、椅子に座りながらぼんやりと空を眺めていた。  喉かな昼下がり、空を見上げながら、私は何を考えるでもなくそれを眺めていた。  何か大事な事を忘れているような気もしたが、それを思い出すと嫌な目に逢いそうだったので気にしない事にする。  そよ風が私を潜り抜けて、何処かへ流れて行った。  何か足りない気がする、何かは分からない。  空は青く、雲は緩やかに流れていく。  しかし何かが足りていない。  ぼんやりと核心に触れないように、私は空を眺めているのだ。  やがて人の足音が聞こえた。  私の家は人里から少し離れた場所ある上、私を訪ねて来る者など無いに等しい。  私はなんだか嫌な予感に包まれながら、玄関の方を見てみる。  するとそこには、黒いスーツを着た男が立っていた。その男の顔は見慣れないものである。  男は私と目が合うと、恭しく礼をしてこう言った。 「お久しぶりです、斜篠さん」  名前は合っているので間違いではないだろう、しかしそう言われても見覚えがない、私がなんといったらいいものかと考える間に相手は言葉を続けた。 「今回は仕事を持ってきましたよ、ええ、席が一つ空きましたので」  席が……一つ……空いた?。  何の話だろうか?。  私は考えながら、その男を無言で眺めていた。  私が何も返事をしないものだから相手も流石に違和感を感じたらしく、少し困った感じになっていた。  男は頭をかきながら、 「いや、すいません、私は会長からの使いでやって参りました、柿本です」  会長の事は分かるが、彼本人については聞いたところでどうにも覚えがない、私は知り合いも少ない方なので間違いはない。 「以前何度かお会いしたこともあるのですが……」  しかし覚えがない、会っていても覚えていない事もあるだろうが、それはそれで仕方がない。  柿本と名乗った男は少し疲れた様にため息をつき、諦めがついたらしく話を続けた。 「まあ、いいです、明日の午後一時に会長室へいらしてください、その後ある試験に参加して頂きます」  そう言うと、彼はばつが悪そうに帰ろうとした。  が、何かが気になったらしく振り替えって私にこう尋ねた。 「会長の事はお分かりですよね?」 「大丈夫です、明日一時に伺いますので、宜しくお伝え下さい」
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