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私はそう言ってまた空を見上げた。
すると男の足音が、少しずつ遠ざかって行った。
会長か……。
†
この世界は酷く狭く、一般的には閉鎖的な世界である。
狭いというのはここに来た者達の大部分が、そう認識しているのだから間違いはないのだろう。
一般的には閉鎖的、というのは完全に閉鎖された空間ではなく、しかし一部の者を除いてここから外部へは移動することができない故である。無論その逆もまた不可能だ。
だが多少の不自由さと息苦しさを感じはするものの、なんとか皆が生活の糧を得ることが出来ていた。
ここは、そんな場所だ。
そんなふうにこの場所の事を教わり、また生活を通して感じながら、僕はここで暮らしてきた。
自分の事は、良く分かりもしないままに。
春夏秋冬(ヒトトシ) 元(ハジメ)という名を名乗ってはいるが、この名前は親に貰ったものではない。
自分の名前が思い出せなかった僕の為に、ある人がつけてくれた名前だ。
良くある記憶喪失である。
気にすることはない。
最初は僕も自分の事が分からないという不安に苛まれたが、どういうわけか周りの連中も記憶喪失だらけだった。
全く珍しくなかったのだ。
人間とは不思議なもので、他にも同じような奴が大勢いるとなると途端に気が軽くなったりするものだ。
おまけにそれだけありふれていれば、記憶喪失を気にかける者も少ない。
特に変わった態度や、差別のようなものを受けることも皆無であった。
「そういえば、聞いたか元……」
と話しかけてきたこいつも記憶喪失だ、名前は
逆下(サカシタ) 求助(キュウスケ)、名付け親はなかなか面白いセンスをしている。
こいつは僕と同じ部屋に住むルームメイトである。
僕達は寮の部屋でテーブルを挟み、椅子に掛けながら明日のあるイベントについて話していた。
「今回の事件の原因も、やっぱり死神らしいぜ」
死神というのも結局は記憶喪失なのだが、どうにも毛色の違う奴だった。
良く噂を聞く奴であった、それも関わった人間が死ぬので妙な噂ばかりで、遂にはそんなあだ名がついたらしかった。
「死神ねぇ……」
所詮は噂、ではあるが、火のない所になんとやらである。
「でも明日、アイツも出てくるぜ」
そう言うと、なかなかに険しい顔をして求助は続けた。
「俺、アイツと一緒だったら嫌だな」
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