第一章『箱庭より』

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 何だか複雑な、それでいて単純な本心の言葉だった。 「嫌ではあるが、選ばれないよりはマシか」  僕がそう返すと、求助は椅子の前脚二本を浮かせて、後ろに仰け反った。 「まあなあ、でも嫌なんだよな」  そのままバランスをとり頭の後ろで手を組むと、足をテーブルに乗せる。 「元はどうなんだよ、もし同じ隊になっても死なない自信あるのか?」  まるで自分は死ぬかもしれないと恐れているような、そんな物言いだ。 「さあ、自信はどうだろ、でも、一応覚悟はしてるけどね」  噂はデマかも知れないのに、いちいち真剣に考えるのも馬鹿馬鹿しい。  しかしどちらにせよ死ぬかもしれないのは本当の事なので、それについてなら対応は出来る。 「覚悟ね……」  この狭い世界で僕達は、あるものを目指して毎日を生きている。  それは死と隣り合わせで、しかしそれでも僕達は、それを目指さない訳にはいかなかった。  それを選ばれない事は、結局死を選ぶことと同じ、という状況で生きていた。 「なんで生きるためにやってるのに、死ぬ覚悟してんだよ」  そう言って求助は笑っていた。 「さあね、ただ僕だって死にたいわけじゃないさ」   そう笑い返すと求助も、そりゃそうだと相づちをうった。  そうして夜が更けていった。   †    柿本が斜篠を待つ、ここは会長室である。  約束の時刻はとうの昔に過ぎ去って、柿本は途方にくれるばかりだった。 「彼には本当に、伝えてくれたんだね?」  もう何度も柿本にそう尋ねてきたのは鍋島鉄路、会長という役職にある男だ。 「本当に……」  彼はもはや柿本を見てはいなかった、そして柿本も会長を見てはいなかった。  会長こと鍋島は窓の外を眺め、柿本は部屋に唯一のドアのドアノブを凝視していた。 「確かに、伝えたんですがね」  そう呟かれた言葉は何処へでもなく、天井へと浮かぶだけであった。 「確かに、伝えたんですよ」  しかし事実この場に斜篠という男は来ていない、柿本はどうしたものかと立ち尽くしていた。 「仕方ない」  窓の外を眺めながら、会長は久しぶりに先程までとは違う言葉を紡いだ。 「試験を斜篠氏到着まで延期とする」  柿本は会長へと向き直り、その窓の外を眺める瞳を見た。 「と同時に各候補生に伝達、斜篠氏探索を命ずる」  会長補佐である柿本は、スーツの襟をただしてみせた。
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