第一章『箱庭より』

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「了解しました、試験関係者に伝えて参ります」  なんでこいつは窓の外を眺めているのか、という疑問を心の奥底へ沈め、柿本は部屋を出た。   †    試験開始時刻をとうに過ぎていたが、元と求助はその場を離れることはできず、暇潰しに言葉を投げあっていた。  辺りは試験開始を待つ者達が、他にも数十名程待機状態で存在している。 「これはどうするんだ?」  もう何度目かもわからない求助の問いかけに元は、 「さあ、先生は何処にいったのか」  と返すだけだった。 「今日はもう中止か?」  そう求助が言った時だった。 「泣き虫求助は試験が怖いのか?」  それは元が応えたのではなかった。  求助の少し後ろから投げ返された、苛立った声だった。 「中止になんかならねえよ求助、だからさっさと泣いて逃げ出しな」  何処にでもこういう奴がいるものだ、みんな色々思うところはあるというのに、他人に絡んで自分のストレスを緩和しようとする。  その声を受けて求助は立ち上がり、発言者であろう相手を睨み付けた。 「誰が逃げるかよ、お前こそビビって逃げ出すなよ」  その返しに、辺りから笑いがおこる。  二人のやり取りに辺りが呆れているのだ。 「なんだと」  と同じく立ち上がったのは墨間という、求助より体格の良い人物だった。  墨間が求助に絡むのはいつものことであった。  墨間は求助に詰め寄り、その胸ぐらを左手で掴む。 「すぐに逃げ出したくなるようにしてやる」  当然の様に右拳を握りこみ、振りかぶる墨間。  それを見ながら、求助はそれでも墨間を睨み続けていた。 「やめなさい」  いつのまにか墨間の右腕を掴む手があった。 「墨間はイライラし過ぎ、逆下も本気で相手し過ぎだわ」  その手は明らかに力強くはない、女性のそれだった。  長い金髪に青い目をした少女が、墨間と求助の間に入っていく。 「なんだよ委員長、これ以上イライラさせんなよな」  という墨間を委員長と呼ばれた少女は睨み付ける。  それはとても整った顔で、軽い怒りを表現したものだった。 「チッ……女に助けられてりゃ世話ないぜ、泣き虫求助」  墨間はその表情が嫌いだったのか、ばつが悪そうに視線を外し、同時に左手で掴んでいた求助を離し右手も収めた。  それでも睨み続ける求助に気付いた委員長が、それを当然咎める。
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