左眼の傷痕

1/2
前へ
/74ページ
次へ

左眼の傷痕

 左眼を負傷したのは俺が産まれて間もない頃……爺さんの孫娘多香子が三歳の頃である。  爺さんは孫娘を連れて、仔犬を見に俺が産まれた農家にやって来た。  そして、ちょっと目を離した隙に幼い多香子が納屋の裏で野ギツネに襲われたのである。  俺はまだ目が開いたばかりの仔犬だったが、不吉なものを感じてその狂ったキツネから多香子を助けたのだ。  その時の格闘の爪痕がこの左眼にある。    そしてそれを機に、俺は爺さんに飼われることになった。  農家の親父さんはそんな片目の犬より、もっといい仔犬をただでやると言ったが、爺さんは孫娘を助けた勇敢な仔犬を気に入って選んでくれた。  そして多香子は俺をシェリフと名付け、爺さんはずっと保安官と呼んだ……。  それから俺は黒いアイパッチをして爺さんの相棒として何度も猟をした。  一緒に最強の月ノ輪熊とも戦ったし、大鹿を追いかけて険しい山越もして自然の中で冒険と生き死にの神聖な対決を経験した。  耳はツンとした三角、鼻先と背中は灰褐色でそれ以外は白い毛に覆われている。  尻尾はクルリと巻いた巻尾で、雑種の血の混じったこの辺では珍しい秋田犬だ。  久しぶりに会った多香子は俺の頭に顔を近づけて優しく撫でてくれた。  それはとても気持ち良かったが、爺さんの死で心が沈んでいるのは俺が誰よりもわかっている。  まさか、こんな再会になるとはな。しかも爺さんは俺の身代わりになって逝ってしまったんだ。  最悪だぜ……。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

203人が本棚に入れています
本棚に追加