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時々、俺はあの時の事を思い出す。なんでまだ目の開いてない仔犬が、幼い多香子を助ける事ができたのか?
いくら能力があったからと言って、不思議な現象だった。
『あの銀狐は多香子の能力を本能で察知して、恐れを感じて襲ったのではないのか?』
幼い多香子の悲鳴を聴いた仔犬は多香子の目で銀狐を見て戦ったのである。
『つまり多香子にも不思議な能力があり、それを俺が借りて助けた?』
そんな風に俺は推測したが、答えはまだ出てない。
「そうだったな。多香子はお母さんが田舎で育てたいと言って、オレは東京の家にほったらかされてた」
良平はグイグイとビールを飲んでそう言った。
こいつ酒も弱かったはずだが……少しは飲めるようになったのか?
「オレは爺さんに嫌われてたから、田舎に帰り辛かったのもあるけど。親不孝でバカな息子でした」
ぶふっ、その通りだぜ。唯一、孫娘の多香子が最高の贈り物だって言ってたぞ。
「まさかこんな無惨な形で死んでしまうなんて……」
「良平さん。爺さんは頑固な本物のマタギだったんだ。狩りで亡くなるなんて本望だったんじゃねーかな」
年寄りが酒を注ごうとしたが、妻の由里子が止めた。
「あなた、飲みすぎですよ。シェリフより弱いんだから」
そう言われて、俺も多香子も口を押さえて笑った。
「それより、こんな恐ろしいことをした大熊は捕まったんですか?」
「それが、霧みたいに消えてしもた。しかも今あの谷は立ち入り禁止になってるそうだ」
良平は村の巡査にもそう聞いたが、自分も地質学者として調査たいと思っていた。
あの谷の地層には元々興味を持っていたのである。
「あなた、明日には帰るんですよ。谷に行く時間なんてないでしょ?」
良平は由里子にそう念をおされ、相変わらず尻に敷かれている。
もしお前が行くのなら、俺もあの消えた怪物の痕跡を追ってみたいが……。
「ねーお父さん。シェリフ家に連れて帰ってもいいでしょ?ここに置いてくなんて可愛いそうだよ」
多香子がビールを飲み干した俺の頭を撫でながらそう言った。
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