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爺さんがそこまで言うんだ。俺も真の勇気を絞り出すしかなかった。
勇気だけは生まれた時から持ち合わせている。
小屋からのっそりと出て、片方の目で皺だらけの爺さんの顔を見上げた。
そして意を決して、飛び跳ねるように走り出す。
死地へ向かうには猟犬の本能で行動するしかない。
荒れ地を降り、すぐに獣道に入って爺さんを先導してやる。
希望通り、白い霧で視界の悪くなった森の奥へ連れて行ってやった。
爺さんもすぐにこの森に異変が起きていることに気付いたようだ。
樹木や下草を濡らす霧が白い病魔のように生気を奪っている。
そもそも去年の大地震より、地軸が狂って精霊たちが地の破れ目に吸い込まれてしまったのだ。
人間にはわからないだろうが、死界と生界のバランスが崩れている。
数百年前の不吉な伝説も、きっと大地震かそういう類いの影響で起きたのではないのか?
死臭はするが、この霧のせいで感覚が鈍っていた。
敵の存在とその位置がこの俺の体内時計でもまるで把握できない。
そんな感じで数十分警戒しながら霧の中を歩いて、俺と爺さんは谷の底に着いた。
滝の音がすぐ近くに聴こえる。
しかし、耳を澄ましても犬の鳴き声も人間の話し声もしない。
不気味な静寂、水の流れる音の世界で流石に俺の足もすくんだ。
そして、すぐに血痕と……死体、ブナの木が折れ曲がった幹の裂け目に刺さった人間を見つけた。
他の猟師も猟犬も無惨にも腹を抉られ、濡れた下草に臓物を吐き出している。
爺さんはすぐに銃を構えて、その森の暗がりへ向けた。
「保安官、敵はどこだ?生き残りはいるのか?」
爺さんもやっと理解したんだ。
こりゃ熊の仕業なんかじゃねーってな。
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