バージョンアップ

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 その黒い影は俺の前に来て見下ろして笑っていた。  霧がそいつの息づかいで揺れて口元だけが垣間見え、熊の口に猪の鼻面があり、牙もマンガみたいに凶暴でえげつなかった。  こんな危機に面してなければ、こっちが馬鹿にして笑ってやるところなんだがそんな余裕があるわけがねー。  見せつけるように天に振り上げられたカギ爪が、俺の頬をピクピクと引きつかさせる。  それは俺の腹を引き裂くべく空から落ちて来た。  そして、ガツッと肉にめり込む音が俺の耳をつんざく。  しかし、あろうことか爺さんが俺の上に覆い被さって、盾とした銃を折り爺さんの胸をひと突きにしていた。 『爺さん!』  飼い主である爺さんは踏み潰され、その衝撃で俺も気を失いかけていた。  じわっと流れてくる相棒として接してくれた人間の暖かい血を感じる。  しかも爺さんの頭が俺の首を圧迫し、おびただしい血は俺の全身の毛を濡らしてゆく。 『なんなんだ?』  爺さんが胸にぶら下げていた熊の胆の入れ物が割れて、神聖なる熊の匂いがこの一帯に立ち込めた。  一瞬、霧が風に晴れて黒い怪物の上半身が朦朧としている俺の目の中に入ってきた。  それは幾つかの獣が合成されていて、異様な形状を晒している。  熊に牛の角と猪の鼻。そして、カギ爪の腕には爬虫類のようなゴツゴツとした皮膚があった。  しかし、間違いなく怪物は何かにうろたえている。  鼻を鳴らして顔を歪め、頭を振って時折天を仰いだ。  熊の胆のうの匂いが嫌いなのか……。  俺はそう思いながら、爺さんの血だらけの身体に抱かれて意識を失っていた。  その時……喉の辺りがいやに熱く焼かれ、胸の辺りがじわじわと熱くなる感触を今でもよく憶えている。  …………
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