甲山市。

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【1968年(昭和43年)。鹿児島県甲山市(こうやまし。架空の街です。)・甲山鉱業専用線中島駅。】  かつて海軍さんの街として知られた鹿屋市に隣接する、鹿児島県甲山市。その甲山市のはずれにある、一見ごくごく普通の山に見える山々で硝石(火薬を作る為に必要な鉱石。)の鉱脈が発見されたのは、甲山市がまだ甲山村と呼ばれていた大正時代の始めの頃であった。 そして時は流れ、埋蔵鉱石の殆どを掘り尽くし最盛期など遥か昔に過ぎ去った今、市のシンボルでもあった甲山鉱業とその専用線が静かにその役目を終えようとしている。  中島駅のホームには、市そして甲山に住む人々に対する長年の功績に感謝するかのように飾りつけられたさよなら列車が停まっていた。やがてさよなら列車が涙声のような汽笛を鳴らしてホームを離れると、集まった人々は口々に甲山線万歳と叫びながら去り行く列車を手を振って見送る。そして同専用線の国鉄接続駅である鹿屋に向かったさよなら列車の姿が完全に見えなくなると、集まった人々も一人また一人とホームから去った。だが…。 「母さん…父さんとうとう戻らんかったね…。」 まるで次の列車が来るかのようにホームの鹿屋側の端から動かない母と、なぜ母がそうしているかを知る故に言葉をかける娘。やがて母が口を開く。 「短気は損気ばい澄恵(すみえ。)。おはんはあん時ウチのお腹ん中やったけん知らんのは無理なかけん、七栄さんは戦地に向かう日にここで 必ず生きて帰るけん、おい達が初めて会った中島の駅で待っててくれんしゃい史恵しゃん …ち言うてくれたばい。七栄さんがウチに嘘つく筈がなかろうも。」
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