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春の風が吹く。
白い病室で、僕は絵を描いていた。
僕は花が好きだった。
はかなくて美しい花が、好きだった。
「あ」
病室の前を通る、あの人の声がした。
ぺたぺたと裸足の音が響く。床がひんやりしていて冷たい。
軽いスライドで開いてしまう戸を開き、その先に歩いていた彼女を見る。
あどけない切りそろえられたセミショートで、彼女は僕を振り返る。
「ああ、お隣さん」
僅かに首をもたげるようにして彼女が僕を見る。丸くて美しい、宝石のような黒い瞳。ほりの深い、くっきりとした目鼻立ちと、大人の色気を乗せた唇。
髪型や仕草はどこかあどけないような気がするのに、彼女は妙な色気がある。
けど、ぐちゃぐちゃした女のものじゃない、花のように美しく綺麗ではかない色気だ。
そう、彼女は美しい。
「どうしたの?」
固まっていた僕に、彼女が覗き込むように声をかけてくる。
急に近付いた彼女に、僕は一気に心拍数があがる。顔が熱くて爆発するかと思った。
「ねえ、今キミに絵を描いているんだ。できあがったらもらってくれないかな?」
意を決して、床と彼女の顔を交互に見ながらそう言うと、彼女は不思議そうな顔をした。
「絵? なんの?」
「花の絵」
彼女は不思議そうな顔をしたけど、やがてにっこりと頷いた。
わ、と息を呑むほど、美しい笑顔だった。
「いいよ。いつくれるの?」
「あ、えと、もう少しでできるんだけど……」
「ふぅん。じゃあ、見てていい?」
ええ、と僕は内心で大パニックを起こす。
見てるって、それって僕の病室に彼女が来るってこと!?
僕の心中を見透かしたように目を細めて、「ダメ?」なんてことを聞いてくる彼女が恨めしい。
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