1美しい生物

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「あと緒方。靴のかかと踏むな」  ボケッとしながらあくびをしていた緒方に注意すると、緒方は眠そうな返事をするだけで、くつを直すまでには至らなかった。 「気を付けて帰れよ」 「うーす」 「さよならー」  まったくもって自由だ。  くだらない話をでかい声で繰り広げながら歩いていく三人組。  その声を聞きながら、おれは廊下を歩く。  今日は担任が休みで、副担のおれが教室の戸締まりを確認しに行くのだ。  放課後まで残る生徒は多数いる。窓を開けっ放しにしたまま帰る生徒も多いのである。  E組の中に入る。窓を確認して、ついでに黒板のらくがきも消す。  特になにかが起こるわけでもなく完了し、ふぅと一息。顔にあたる夕日がまぶしい。戸をぴっちりと閉めて、来た道を戻る。  歩いていると、B組の戸が開いていた。しめようとして教室の中を除くと、机に足を組んで座り、窓の外を眺めている女子生徒がいた。 「誰か待ってるの?」  声をかけると、女子生徒は無反応だった。変わらず窓の外に目をやって、微動だにしない。  無視かよ。  どうしたもんかと小さくため息をつく。時計に目をやるともうすぐ六時を廻るところだった。  ま、いっか。と思って女子生徒を一瞥する。B組は教科として受け持ってないから、知っている人、少ないし。 「……」  そんな些細な瞬間、なんの心構えもなしに彼女を見てしまった。  不意討ち、という形がふさわしい。  初めておれは、人間を美しいと思った。 「あ……」  声がこぼれるほどに。  彼女はいつの間にかおれをまっすぐと見ていて、夕日を反射する頬がキラキラと光っている。涙だ。  彼女は泣いていた。  女の武器は涙。  だけど、反面、涙は男を引き留めることはできても、惹き付けることはできない。惹き付けるのは笑顔であると、これは誰の言葉だったか。  だけどおれはそのとき確実に彼女に惹き付けられた。ものすごい引力をもってして、彼女の涙はおれを引き付けた。 「先生」 「あ、ああ。どうした?」  はっとする。なにを見とれてるんだ、おれは。  相手は生徒だ。
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