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「山崎さん……」
ふと、蒼妃はその唇から彼の名前をこぼした。
けれどその先に続く音は出てこない。
こんなに自分の感情を吐き出す山崎を見るのは初めてで、更にその原因が自分だと知っていて、彼女はかける言葉を見つけられなかったのだ。
「同情なんかいらんで、蒼妃。
頼むから、これ以上俺を惨めにさせんといてくれるか……?」
涙をこらえた顔で。
見ているこっちが思わず痛みを感じてしまいそうな、そんな顔で。
蒼妃を見て、自嘲気味に笑った山崎。
それは、この部屋から音を消し去るのに十分だった。
「…………すみませんでした。
せっかくの再会の夜を、こんな暗いもんにしてしもて。
もう俺は退散しますさかい、どうぞお二人で」
山崎は、言うだけ言うと土方が止める間もなく、蒼妃が動くより早く、天井裏に姿を消した。
「…………」
「…………」
残された二人は、どちらも沈黙を破らない。
沈んだ表情の内側で、彼らは一体何を思っているのだろうか。
「――――どうすれば、よかったんですかね」
ぽつりと漏らされたそれは、本当に分からない、といった感じだった。
自分の思う“最善”が、結果として山崎を傷つけた。彼が隠しておきたかったものを暴いたも同然の所業だった。
でも、それでは自分はどうすれば良かったのか――。
自らの意思とは裏腹に、彼に殺人の術を授ければ良かったのか。
蒼妃には、分からなかった。
「……仕方ねェよ。自分の思いが必ずしもいつも相手に伝わるとは限らねェ。
人間なんてものは、意思を伝え合う事が出来るのに武力に頼ってしまうもんだ。
どれだけ言葉を尽くしても、完全に自分の気持ちを伝えきることなんて出来ねェんだよ。
だから、お前が気に病む必要はない。俺はちゃんと知ってるから。
お前が山崎の為を、俺らの為を思ってくれてる事は。
そんで、山崎もきっと頭ではわかってくれてるから」
まるで泣いてもいい、とでも言うかのように優しく蒼妃を引き寄せ、軽く頭を撫でながらそんな事を言う土方。
「…………すみ、ません。すぐ、済みます……ッ、からっ…………」
あやすように撫でられるその掌のぬくもりを感じながら、蒼妃は声もなく涙を流す。
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