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二時限目の授業を終えた俺は、職員室に戻る途中、ふと思い立って階段を降りた。
教材を持ったまま、その足で自動販売機に向かう。
長めの20分休みなので、体育祭の準備に追われているあの二人に缶コーヒーでも差し入れようと思ったのだ。
大きな看板などを扱う力仕事で疲れているだろうし、それに…何より、どんな話をしているのかも気になっていた。
1階に降り立ったところで、移動教室の帰りなのか、教科書を抱えた生徒達の集団とすれ違った。
こんにちはー、とぱらぱら上がる挨拶に返事を返しながら進んで行くと、
「――春山せんせっ」
きゃはは、と笑い声が上がり、俺は足を止めて振り返った。
集団の中程で、数人の女子がじゃれ合いながらくすくすと含み笑いをし、こちらに視線を送っている。
こういう悪ふざけ的なことは日常茶飯事なので、俺はさらりと流し、知らん顔で職員玄関に向かって歩き出した。
***
自販機の前で小銭入れの中を探っていると、パタパタと足音が近づいて来た。
顔を向けると、背の高い女子生徒が駆け寄って来るのが見える。
「先生っ」
切羽詰まった様子に、俺は少し身を固くした。
「どうした」
「…あの…!」
女子生徒は上がった息を整えようとするように、胸元に手のひらを当てた。
短い髪を指先でさっと梳き、乱れを直す。
「今の、…スミマセンでした。
…友達が、からかうような事して」
「え?…ああ」
俺は笑って、
「別にいいよ。大したことじゃない。
あのくらいのこと気にしてたら、センセイなんかやってられないから」
小銭を投入口に入れ、いつも芹沢が好んで飲んでいる微糖のコーヒーのボタンを押す。
「私のせいなんです」
ガコン、と取り出し口に缶が落ちる音が重なって、彼女の言葉をかき消した。
「…え?ごめん、なに」
「……」
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