第3章

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『24年という短い人生の中、樋口一葉にとっての、それが唯一の恋だった。 会いたい一心で一人身である彼の元に通いつめたことを周りから咎められ、世間体という大きな壁に行く手を阻まれ、別れを選ぶしか無かった二人。 彼女が最後に桃水に綴った手紙には、未練がたっぷりと詰め込まれている。 「このように思いがけない御目通りが叶わない有様になったのもやむを得ない ことと私は諦めておりますが、今更世間の人の口を封じることも出来ず、ただ自分の身だけを慎んでおります。 追記してお願いしますのは、どちらへお移り住みになってもどうぞご住所を知らせて置いていただきたく、また一通のお手紙をとそればかりの心の苦しみの中で楽しみにお待ちし続けております。」 これだけ一葉が、「私をさらって一緒に遠くに逃げてほしい」と暗に仄めかしているのに、どうして桃水は鈍感なふりをしたのだろう。 考えただけで、悲しくなる。 世間体を理由にしているけれど、本当は、桃水は一葉を本気で妻にしようとは思っていなかったのだ。 そして、その事に、一葉はきっと気付いていたのだと思う。 それでも、ほんの僅かな望みに賭け、恥を忍んでこんなに隙だらけのラブレターを書いたのだと思う。 桃水は、ずるい。 きちんと振ってあげなかったから、きっと。 一葉は今でもまだ、桃水をあきらめることができていない。 片思いを引きずったまま、24歳で亡くなった一葉の心を思うと、涙が出そうになる』 .
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