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…椎名、って言ったっけ。
俺は、あのプリントに書かれていた文章を、記憶の中から呼び起こしてみた。
いや、決して、特別な解釈ではなく、ごく普通の、ものすごくシンプルで、ストレートなメッセージだったと思う。
どちらかというと、…一葉に肩入れしすぎの、幼い言葉。
それなのに、…意に反して、ぐらぐらと心が揺さ振られたのはなぜだろう。
ああいうシチュエーションを目にすると、男としてはつい、桃水の言い分も聞いてあげて欲しくなる。
男が世間体を気にするのは当然だし、一人の女性の人生を背負うには、それなりの覚悟がいる。
でも、…どんなに、桃水の味方で居てあげようと頑張ってみても、いくら理屈を捏ねようと、
『桃水は、ずるい』
結局、このセリフに戻って来てしまう。どうしても、抜け出すことが出来ない。
何だか、この感覚がやけに新鮮で、…俺はつい、図書館で『一葉日記』まで借りてしまったのだった。
…1-Aの、椎名。
…どんな奴なんだろう。
「先輩」
ぼんやりと考え込んでいた俺は、真嶋の呼びかけで我に返った。
「…ん?」
真嶋は俺が座る二人掛けのベンチに並んで座った。
「…何だよ、近いよ」
「いいじゃないですか、遠かったら内緒話が出来ないでしょ」
真嶋はニッと微笑んで、声を落とした。
「この前の合コンメンバーから、お誘いがありまして。
来週の土曜日の夜、またご飯を食べる席を設けましたんで、空けておいてください」
「俺、悪いけど…」
「ダメですよ、先輩は強制参加」
「……」
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