第1章

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パシャ、という携帯のシャッター音に、俺は顔を上げた。 はらり、はらり、と白いものが連続して視界を横切る。 一瞬迷った焦点が、少し先の自動販売機の陰に隠れた男子生徒の姿を捉えた。 微かに耳に届いた、複数のくすくす、という忍び笑いに、子供特有の『残酷さ』の匂いを感じ、俺はゆっくりとその場に立ち止まった。 渡り廊下の脇に立つ若い桜の木から、花びらが風に運ばれ、時折目の前をひらひらと舞い、通り過ぎて行く。 入学早々、新入生がタバコでも吸っているのかと思ったけれど、様子を見ると、自販機からはみ出したその背中がやけに大きい事に気付く。 ……柔道部の、3年だ。 ちらりと見えた横顔に、名前は咄嗟には出て来ないが、いつも後輩を引き連れ、肩で風を切る姿が頭を過った。 今どき珍しい光景なので、かなり印象に残っている。 「佐久間先輩、ベストショットすぎですよ」 洩れ聞こえて来る声で、その3年生の名前を思い出した。 ふと桜の木を見上げ、そこで俺は状況を把握した。 ……なるほどね。 満開の桜の木の陰に、2階の渡り廊下の上に立つ、女生徒の姿があった。 入学式を終えたばかりなのだろう、手すりに寄り掛かる腕には、安全ピンで留められた、クラス分け用のピンク色のリボンが見えた。 組んだ腕に顔を埋め、ぼんやりと遠くを眺めている。 そして、そのほとんど真下に位置する自販機の陰から、携帯を上に向けている佐久間。 それはまずいな、佐久間。 青少年の性的衝動については、かなり理解のある方だが…教師として、犯罪行為を犯している生徒には、教育的指導をしなければならない。 さて、どうするか。 ここから声をかけたら、逃げられてしまう可能性がある。 それに、あまりここで大騒ぎすると、上にいる新入生の心を傷つける事になるかもしれない。 ここは慎重に……。 俺は足を忍ばせ、ゆっくりと進んで行った。 .
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