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呑気な寝顔を何も考えずに眺めていると、坂口がくすっと笑った。
「なんか、動物の赤ちゃんの寝顔を見てるみたい。やけに癒されちゃう」
…言えてる。
あまりにピッタリな表現すぎて、俺は吹き出すのを堪えた。
「塩谷先生」
坂口万優架が先生の方に顔を向けた。
「この子、よく保健室に来るでしょう」
「ああ、そうだな」
見ると、塩谷先生は机に向かって、書類に何かを書き込んでいた。
「…なんで?」
俺が聞くと、坂口は困ったように首を傾げ、
「分からないけど、授業中、後ろの席が空席になってることがよくあって。
聞いたら、保健室で寝てるとか、学校休んでるとか、多いみたいなんです。
…学校、楽しくないのかなあ。うちのクラス、けっこうみんな仲が良くて面白いから、溶けこんじゃええば楽しくなると思うんですけどねー」
坂口は不思議そうに、そして少し残念そうにそう言った。
白パンツが、桜舞う中、入学早々深いため息をついていたことを思い出す。
…そうか。
…カウンセリング室に通う理由は、その辺りか。
俺は改めて寝顔を見つめた。
先日、不登校についての勉強会に参加してきたが、不登校児が学校に通う事への意味を見失うまでには、それぞれ、10人いれば10通りの理由がある。
いじめなど、明確な理由があるものから、ただ何となく、というものまで、本当に様々だ。
でも、…思いつく理由のそのどれも、この平和な寝顔には当てはまらないような気がした。
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