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そう、ほっぺを膨らませて言い放つと、浮雲さんは私たちの目の前からすぅっと消えてしまいました。「あーもー、なに膨れてるんだよー。出てこい浮雲ー」誘拐犯が天井に向かって呼びかけると、『やだっ』という返事が空中に響きました。「ったく…ごめんね、アトリちゃん。あいつ、僕以外の人と話すのがものすごく久しぶりだから、戸惑ってるんだと思う」「私は別にかまいませんが…。彼女は、どうしてここに?」「彼女?」「ええと、浮雲さんでしたか」「ああ、彼女って、浮雲のことか」誘拐犯は面白そうに笑います。私は睨みます。「何故笑う?」「ああごめん、あんなカッコしてるけど、浮雲は女の子じゃないよ」「まあ」「れっきとした男の子」『ふーちゃんっ!!余計なこと言わないで!!』また、空中で声がしました。「余計なことって…ちゃんと訂正しないと、おまえもいやだろ?」『……』「全然気づきませんでした。きれいなお顔なのですね、浮雲さん」「はは、浮雲は顔も服も態度も女の子みたいだから。アトリちゃんも見習ったら?」「男の子を見習えと…?」「うん、アトリちゃんは可愛いけど言動に難がある」「侮辱も大概にしろですよ。ところで、ふーちゃん、というのは誰のことです?」「え゛」「さっきから浮雲さんが何度も何度も…誰のことなのでしょうね?ふーちゃん」私は可能な限り意地の悪い顔をつくって嗤ってみせました。「うう…ほんと、いい性格してるね、アトリちゃん」「なんのことでしょう?ふーちゃん」「ちょ、黙って」「ふーちゃああああん」「黙ってええええ」「ふううううちゃああああん」誘拐犯は苦々しい顔をしていましたが、やがて不敵な笑みを浮かべ、「黙らないなら、塞いじゃうよ?おくち」「はあ?」「アトリちゃんの口を、僕の口で」「嫌です…が、やりたいのなら、どうぞ。抵抗はしませんよ」「また…どうしてそうすんなりと」「もう、自分の身の上に何が起ころうと、私はどうでもいいんです」誘拐犯の顔色がなくなりました。私は余計なことを言ってしまったようです。「ああそう…!じゃあ遠慮なく」誘拐犯は私に覆いかぶさります。またあの温度の無い唇を落されるのかと思うと、少し怖くなりました。死を企む者として失格でしょうか。でも、あの唇は、死人のそれと似てるから。「ちゅーしちゃだめえええええ!!」大きな声がして、誘拐犯は後ろにのけぞりました。
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