戦う少女ジレンマと幽霊の出現

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渾身の力で椅子から身体を起そうとしましたが、手足に巻きつく荒縄(どこで仕入れたんだこんなもの)は、容易には解けてくれません。「ぐぬう…ふざけんなですよ誘拐犯」「大人しく諦めなさい、人質」「ねえねえ、さっきからなんなの?その、誘拐犯とか、人質とか…」浮雲さんが不審そうな目で私たちを見てきます。「あなたの愛するふーちゃんは、私こと早崎花鶏を拉致監禁しているわけですよ」「照れるなあ」「アトリって…早崎っていうの」せっかく打ちとけてくれたと思っていた浮雲さんの表情が曇りました。私のせいでしょうか。「そうですが、それが何か?」「ううん…」「なんだ?浮雲は今日、とことん情緒不安定だな」「べつにぃ…」歯切れの悪いお返事。誘拐犯は気にも留めずに腕時計を見ました。「…と、僕、ちょっと用事があるから出てくるね。アトリちゃん、浮雲、二人ともいい子にしておくんだよ?」「用事って?」「ちょっとね。浮雲、アトリちゃんを頼んだよ」「浮雲もついてく…」浮雲さんは、誘拐犯の袖をきゅうっと掴んで、心細そうに言いました。「おまえはこの部屋からでれないだろ?」「うー…」「じゃあ、いってくるから」誘拐犯は、私に微笑みかけて、早足に部屋を出て行きました。残された私と浮雲さんは、気まずい沈黙の中にどっぷりと浸かっています。「…何か喋ってよ」不意に、浮雲さんが言いました。「私、人と喋るの、苦手なんです」「浮雲はもう人じゃないよ」これは困った。「でも、人の形をしているじゃありませんか」「人の形をしてなきゃ、喋れるってこと?それが犬でも?金魚でも?ミトコンドリアでも?」「言語を持たない生物には、そもそも喋るという概念が存在しないのでは?」「…早崎アトリ、つまらない女」「よく言われます」「でも、ふーちゃんは…」「え?」「せっかくだから、浮雲とふーちゃんの輝かしい歴史でも聞くかい?」「はあ…」「なんだよっその返事はっ」「聞きとうございます」「うむ、よろしい」
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