浮雲回想録

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それからのふーちゃんは、見ていられなかったな。毎日毎日、数学の計算問題をひたすら解いてた。浮雲とも、顔を合わせてくれないし、辛かったな。機械みたいになってくふーちゃんを見るのが。浮雲は、ふーちゃんにたくさん救われたから。え?浮雲の過去?そんなことはどうでも…わかったよ、話すよ。早崎アトリ。君は本当に…いや、なんでもない。そうそう、浮雲って名前はふーちゃんが付けてくれたんだよ。出会ったばかりの頃、「お空に浮いてる雲みたいになりたいわ」って言ったら、じゃあ、君の名前は浮雲だねって。その瞬間、浮雲は浮雲になれたの。本当に空に浮かんでる心地がしたんだ。解き放たれたっていうか……死ぬ前の記憶に縛られていたボクは、死んで、ふーちゃんに名前をもらって、やっと解放されたんだ。忌まわしい人生の記憶から。本当の意味での成仏は、あの瞬間に終わっていたのかもしれないな。今もまだ成仏できないのはきっと…神様の御意志ってやつさ。ん?無神論者じゃなかったのかって?早崎アトリ、神とはね、いついかなる時、いかなる場所にも存在し得るんだよ。たとえば無神論者の胸の中にだってね。納得したかい?うん。それじゃあ続きを話すよ?え?口調が少年っぽくなってるって?それはきっと君がオンナノコだからだよ。…意味がわからないって?あのね、話の腰を折るのも大概にしなよ。浮雲の過去、知りたいんだろ?浮雲になる前……生前のボクは、そりゃあひどいもんだった。この恰好で男ってことで、だいたい分るだろうけどさ、ボクは、オンナノコになりたいオトコノコだったんだ。ちょっとした遺伝子の不手際で、ちぐはぐに生れついちゃったわけなのさ。まあ、ボクは気にせず、好きなようにドレスを着たし、男の子に恋もした。けど、残念なことにボクの両親はそういうことにちっとも理解を示さない、お堅い潔癖マシーンでね。苦労したよ。何度も何度も、のどを嗄らして説得した。これが、ボクなんだよって。理解はしなくていいから、受け容れて、って。でもね、女言葉で泣き叫ぶボクを、両親は化け物を見るような目で見ていた。今考えると、怯えていたんだね。かわいいものさ。自分の知らない、慣れないものが、こわいんだ。
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