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朝も早いっていうのに、なんでこんなに暑いんだ、夏ってのは。僕は、バス停に立ちながら首筋に伝う汗を手でぬぐった。夏期講習なんて、一体何を考えているんだろう。世間は夏休みなんだぞ。けどまあ、仕方ない。やけに教育熱心な中高一貫のスパルタ進学校に席をおいている僕が悪い。どうせ家にいてもやることなんてないし。フツウの子みたいに、青春を謳歌する気力なんて僕にはないし、浮雲がいるから今は寂しくもない。それに、勉強していないと、というより、何かに集中していないと、僕は自分がたちまち両親の後を追ってしまうような気がしてたまらなかった。二人を死なせてしまったのは、僕のせいなんじゃないかって考えて……いや、違うんだ。浮雲とも話したけど、遅かれ早かれ母さんは壊れてた。僕のせいなんかじゃ……。「学生さんっ、乗るの、乗らないの?」苛々した声が聞こえて、僕は顔をあげた。バスの運転手が赤ら顔で叫んでいる。「乗ります、すみません」言葉で謝意を表しながらも、特に急ぐそぶりもみせずに、僕はバスに乗り込んだ。「早く座ってよ!ったく…これだから若いのは。おとり世代ってのか…」ウゼエ。これが、健全な男子中学生の、バスの運転手の真っ当なお叱りへ向けた、感想。つーか、おとりじゃなくてゆとりだから。僕は笑いを噛み殺しながら、のろのろと自分の指定席へと向かった。毎日バスに乗っていると、自然と自分のお気に入りの席ができる。僕はそれを指定席と呼んだ。だけど、今日は、先客がいた。セーラー服を着た、オンナノコ。めずらしいな。こんな時期のこんな時間に。部活の朝練だろうか。いつも浮雲と顔を合わせているせいか、女の子が特別美しく見えたことはない。指定席は、快く彼女に譲ることにする。早朝のバスはガラガラで、空席なんかいくらでもあるのだから。と、思った瞬間にバスが急発進して、僕はおもいきり舌を噛んだ。
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