欠陥少年と欠落少女の邂逅

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舌をひりひりさせながら、女の子の斜め前に腰掛ける。わざとやりやがったな。嫌な運転手だ。と、逆恨みしてみる。バスの外を夏の景色が駆け抜けていく。瑞々しい緑が、若さとは何かを押しつけがましく語りかけてくる。僕は頬杖をつきながら、窓の外の風景をぼんやりと眺めていた。見慣れた景色なのに、今日はなんだかいつもより眩しく、僕の網膜を刺激した。真っ白なガードレールに、蝶々。ラジオ体操帰りの小学生。民家の軒先につるされた、風鈴。道路に引かれた白線。そんなものたちが、バスが信号待ちで止まるたびに、くっきりとした光の輪郭をもって現れた。おかしいな、今日の眼球は、いくらか感傷的らしい。僕は目をこすって、その美しい輪郭を消し去ろうと試みた。けれど、それらは消えてくれなくて。僕はたまらなくなって窓から目をそらした。いつもの指定席じゃないからだろうか?世界が変な風に視える。吐息をついて背もたれにすがった瞬間、妙な唸り声が聞こえた。僕は驚いて声のする方を見た。僕の指定席からだった。まばらな他の乗客も、目を丸くして彼女を見ていた。そんな僕らの視線を気にするでもなく、彼女はうつむきながら、獣のような声をあげている。「うぅううううう」バス中の空気が一気に凍りつく。彼女の後ろに座っていた優しそうなおばあさんが、不安げな表情をして身を乗り出し、彼女の肩に手をかけようとした時。うつむいていた彼女が、秒速、いや、音速で顔をあげた。その時の彼女の顔を、僕は今でも忘れない。窓を通して見たものたちとは比べものにならないくらい、強い光の輪郭に縁どられた、悲しみのかたまり。目が眩むほど、美しかった。彼女は、まっすぐに前だけを向いていた。不意に、彼女の白い頬を、滴が伝った。続いて、真っ赤な唇がぱっくりと開いた。僕は彼女の筋一つ一つの動きを、まるでスローモーションカメラのような精密さで捉えていた。「おかあさあああん!おとうさあああん!」その唇から嗚咽まじりに発せられたのは、僕の叫びだった。
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