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それから彼女は人目も気にせず泣きじゃくった。涙を拭おうともせず、全力で泣いていた。彼女の涙は首を伝い、セーラー服の襟を濡らしている。さっきの優しそうなおばあさんが、無言でガーゼのハンカチを差し出した。意外にも彼女は、そのしわくちゃの親切な手を乱暴に撥ね退けた。そして、わき目もふらず泣き続けた。僕は、すっかり彼女に心を奪われていた。この子も、僕と同じなのだということを、何の根拠もないのに確信していた。彼女の涙は、喪失の涙なのだと本能で感じ取った。僕と同じ、失った人の泣き方だと思ったんだ。気づいたら、僕も少し涙ぐんでいた。嬉しかったのかもしれない。彼女が、僕の代わりに泣いてくれている気がして。泣きじゃくる彼女を乗せて、バスは時刻通りにバス停をくぐり、街を駆け抜けていった。僕の降りるべきバス停がアナウンスされたけれど、もちろん僕は降りなかった。彼女が降りる場所が、僕の降りる場所だ。その間も、彼女はずっと泣き続けていた。泣くっていうのは、結構体力を使う行為だと思うのだけれど、彼女は一定のリズムを保ちながら、絶え間なく泣いていた。セーラー服の純白は、彼女の涙と汗のせいで濃い鼠色に変色していた。優しそうだったおばあさんは、振り払われた手をわざとらしくさすりながら、仏頂面をしている。それが滑稽で、僕は何度か吹き出しそうになった。僕が不自然に後ろを向いて、無遠慮に泣き顔を見つめても、彼女は恥じらったり怒ったりしなかった。或いは最初から僕のことなんか視界に入っていなかったのかもしれない。やがて、バスは終点を迎え、乗客は僕と彼女だけになった。どこに行くつもりなのだろうか。終点は、漁港だった。バス停に止まると、彼女はぴたりと泣くのをやめ、鞄からガマ口の財布を取り出して立ち上がった。今どきガマ口の財布を持っているオンナノコにきゅんとしてしまった僕はおかしいのかな。早足で歩き、スタイリッシュに運賃を払う彼女がバスを降りるのを確認してから、僕もゆっくりとした動作でバスを降りる。運賃はぎりぎりだった。バスの運転手にニヤニヤ顔で見送られた。むかつく。どちらかというとシメ殺したい。瞬間的にでも心に殺意を宿す僕みたいなこらえ性のない人間は、ゆとり世代と揶揄されて然るべきなのかもしれないな。
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