世界が世界であるために

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目の前で湯気をたてる、美味しそうなオムライス。「さ、遠慮せずにどうぞ?」目の前でにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる誘拐犯。「…そういうことですか」「うん?」「趣味の悪い嫌がらせです」「人聞きの悪い…毒なんか入ってないから食べれば?」「…わかってるくせに!」「んー?」「拘束を解いてもらえないと食べられません」「うーん、それは困ったねえ」「困っているように聞こえませんが」「うーん、これはアレだね。誰かに食べさせてもらうしか手はないね!」この男、廻りくどすぎやしないか?「そこまでして食べたくないんですけど…」「まあまあそう言わずにさ。誰かにオネダリしてみなよ、アトリちゃん」「オネダリ…?」「そ。『食べさせてください御主人様』、ってね」こいつ、そういう趣味もあるのか。子猫のような顔をしながら複雑怪奇な性癖を持つこの誘拐犯に、半ば感心しながら、私はぼんやりと考えました。どうせもうすぐ死ぬのだから、オムライスくらい食べておかねば損だ、と。我ながら意地汚い。「タベサセテクダサイゴシュジンサマー」「棒読みすぎるよアトリちゃん…」私は文句の多い誘拐犯を睥睨して言いました。「要求通りオネダリはしました!とっとと食べさせやがれですよ!」「やれやれ、我儘な人質だ」誘拐犯は納得のいかない顔でスプーンを取り、私の口元へ運びました。「はい、アーン」「あー…ちょっと待てよ」「え?」「ケチャップがついてないですよ、このひと匙!」あろうことか誘拐犯はケチャップのついていない部分を私の口に放り込もうとしたのです。「えぇ…別にいいじゃん。チキンライスに味ついてるんだし」「そういう問題ではない!!」「そ…そこまで声を荒げるようなことかな…」「最初の一口は重要だ!」「なにその軍曹口調…」「LOVEのLのとこのケチャップを付着させろ!!迅速に!」「ア…アトリちゃんこわい」「いそげ!!標的が冷めてしまうぞ!!」「標的ってオムライスのこと?」ぶちぶち言いながらも、誘拐犯はLOVEと書かれたケチャップをスプーンの裏で丁寧に広げはじめたのです。
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